2013/12/06

マニホールド氏の決断 (The Book - Magazine)

Where now? Staffordshire (Manifold Trail)
Where now? Staffordshire (Manifold Trail), a photo by Eamon Curry on Flickr.

男は地獄の扉の前に立っていた。彼をマニホールド氏と呼ぶことにしよう。マニホールド氏は地獄の扉の前に立っていた。それはなぜか、巧妙に頑固さを通した彼の一生の終着点にふさわしく思えた。彼は常々言っていた。「夢から覚めることなんて望まない。」「自分の頬をつねって目覚めるなんて、現実に戻る気なんてない。」実際、そんな考えが浮かぶたびによく笑っていたのだ。顔にこそ出さなかったが、自分が地獄の扉の前にいることを知って彼は驚いていた。

親切そうな老人がひとりいた(ひょっとしたら彼の父親に似ていたかもしれない)。どうやら門番らしい。老人は座って本を読んでいたのだが、素早く立ち上がると、形式張った挨拶などする間もなくこう言った。「少しの間この本を持っていてくださらんか。わしは扉を開けねばならんのでの。」(そう、ご存じの通り扉を開けるには二つの手が必要だ)その老人は何か訳があって、本を椅子に置かなかったのだ。

あっという間のできごとだった。だがマニホールド氏は自分がある決断を下してしまったことに気付いた。老人から本を受け取ってしまったのだ。ほとんど他人ごとのように。いささか奇妙にも思えた。些細なことだと思おうとしたが、それが自分の地獄行きを後押ししてしまったように感じた。彼にとって最も安易な道を選んでしまったように思えた。結局は本をしっかりつかんだままだったが、当然彼は突然ひらめいた。「きっとこれは猶予をもらうチャンスなんだ。最終テストなんだ。良い行いをすべて悪いものにしてしまう最後のどんでん返しなんだ。」

次に彼が気付いたのは、以前老人とその本について議論を交わし、本を老人に返したことがある、ということだった。彼は地獄へ通されたのだ。

2013/11/23

俺は分泌物なんかじゃない (セックス・ピストルズ - Bodies)

A photo by sparkleplen_t on Flickr.

ちょっと遅くなってしまいましたけど、ジョン・ライドンの BMI Icon 受賞を祝して、セックス・ピストルズ時代の曲についてひとつ書きます。

セックス・ピストルズ(Sex Pistols)のコンサートで一番の大合唱になる曲はどれでしょう?God Save The Queen?Anarchy in the UK?それともPrettyVacant?うん、どれも一緒に歌う人はたくさんいるけどね、違います。曲が始まるやいなや会場を揺るがす怒涛のような大合唱が起きる曲は Bodies です。

どれほどの大合唱なのかというと、観客が歌ってるバージョンがピストルズの公式ライヴ・レコーディングになるほどです。日本ではライヴ・アルバム「FilthyLucre Live」に Buddies(相棒ども)というタイトルで収録されており、イギリスの場合はシングルのB面としてリリースされています。

Bodies は生きてる人間の体じゃなくて死体という意味です。何の死体かというと胎児の死体です。そして曲のテーマとして取り上げられているのは中絶、堕胎、abortionです。この曲を書いた当時のジョニー・ロットン(Johnny Rotten)はまだハタチかそこらでした。

ハタチかそこらの若いあんちゃんが堕胎をテーマに歌をつくった?しかもそれが何十年も歌い継がれるようなアンセムになった?そんなどう考えてもあり得ないようなことを現実のものにしたのがセックス・ピストルズであり、ジョニー・ロットンという人です。

一方この曲の歌詞をただ単に人口中絶をした尻軽女を(さげす)んでいるだけのものと受け取っている人も多いようですがそうではありません。ジョニー自身はこの曲について次のように言ってます。

俺はまだ幼いうちから現実というものを受け入れるしかない環境にいたんだ。俺が住んでいたのは便所が外にある二部屋しかない家だった。その家で母親が流産したんだ。もちろん母親を責めるつもりはないが、生まれていれば俺の弟か妹になって一緒に遊んだかもしれないものを、俺は片付けてトイレに流さなくちゃならなかったんだ。それがどんなにショックなことかわかるだろ。

俺は中絶反対派でも賛成派でもない。だが女性は自分で生むか生まないかを選択できるようにすべきだ。でも当時の生活はテレビドラマの"Steptoe & Son"をさらに醜悪にしたような世界だった。それでもあんたがあの曲を中絶反対の歌だと思うんなら、あんたは哀れなオマン...じゃなくてソーセージ野郎だ。

The Q Interview - I want to take the Sex Pistols to Iraq!

観客のひとりひとりが歌詞の内容を深く考え、感銘を受けて歌っているなんてことはあり得ません。そのサウンドと声と、言葉の断片からある種の悲しさとか怒りが自分の中にも湧き起こってきて、歌わずにいられないんです。

中絶したことがある人も、したことない人も、絶対しない人も、これからするかも知れない人も、恋人に中絶を求めたことがある人も、妻が黙って中絶したのに全然気付かなかった人も、よくわからない人もみんな一緒になって腹の底から歌います。Bodies です。聴いてください。

バーミンガム生まれの彼女は
赤ん坊を堕ろしたばかりで
精神病だった
彼女の名前はポーリン
森林破壊阻止を訴えて木の上に住んでいた

自分の赤ん坊を殺したどこにでもいる女
彼女は田舎から何通も手紙を送りつけてきた
だけどあいつは動物だった
最低の恥さらしだった

死体 - 俺は動物じゃないのに
死体 - 俺はケダモノなんかじゃないのに

工場の作業台の上で掻き出される
違法な堕胎が行われる場所
便所に置き去りにされた小さな包みの中で
小さな赤ん坊が叫びを上げながら死んでいく

死体が叫ぶ - こんなひどい扱いってあるかよ
俺はケダモノじゃないのに
これが中絶というやつなんだ

死体 - 俺はケダモノじゃないのに
ママ - 俺は出来損ないなんかじゃないのに

ピクピクと体を痙攣させ
喉をゴボゴボ鳴らして呪いの言葉を吐く
俺は分泌物なんかじゃない
排泄された蛋白質じゃない
ピクピクの痙攣なんかじゃない

あれもこれも糞くらえ
糞くらえなガキは糞を食え
彼女はあんな子ども欲しくないんだ
俺はあんな子ども欲しくないんだ

死体 - 俺はケダモノじゃない
死体 - ワタシは出来損ないなんかじゃない
死体 - ボクはケダモノじゃない
死体 - 俺は出来損ないじゃないのに

ママ...

2013/10/17

ジョン・ライドンが BMI London Award 2013 の BMI Icon 受賞

「俺はアイコンなんかじゃない、ジョニーキャン、アイキャンだ」

10月15日、ロンドンで2013年 BMI London Awards の授賞式が開催され、我らがジョン・ライドンが BMI Icon 賞を受賞しました

「BMI、何それ?デブの人のベストドレッサー賞?」と思う人がいても無理はないんですが、違うの。BMI ってのは Broadcast Music, Inc. の略で、音楽が放送やコンサートでの使われたときの著作権使用料を徴収するアメリカ本拠の非営利団体です。日本でいえば JASRAC みたいなもんです。

で、BMI Icon 賞ってのは「ある世代の他の音楽家たちに多大な影響を与えた類い稀(たぐいまれ)なソングライターに与えられる」もので、これまでにレイ・デイヴィスやヴァン・モリソン、ブライアン・フェリーなど錚々(そうそう)たる面々が受賞しています。ジョン・ライドンはそのような「ソングライター」のひとりとして選ばれたわけです。

以前 Rock and Roll Hall of Fame にセックス・ピストルズが選ばれたときは「俺たちがロックの殿堂入りを喜んで、2万5千ドルも払ってディナー・パーティに出席すると思ってんのか、バーカ」と言って授賞式に出なかったんですが、今回はたいへん喜んでいて UK ツアーの最中にも関わらず PiL のメンバーや妻のノラと一緒に出席しました。

審査員たちはほかの無難なやつを選んどけばいいものを、あえて俺の業績に注目してくれたんだぜ。俺からすれば、それがすごく大切なことなんだ。

俺は賞なら何でももらうってタイプの人間じゃない。この賞をもらうことにしたのは、それが俺にとってものすごく意味のあるものだったからさ。

あいつら(BMI)は俺たちに金が入るように日夜戦ってくれてるんだぜ。胸がアツくなるよ。

John Lydon honoured at BMI Awards

著作権といえば、普通バンドとして活動している場合でも著作権者としてクレジットするのは直接作詞や作曲に関わったメンバーの名前だけです。これがメンバー間の収入の差となって、後々関係がギクシャクするというのはよくあることです。

セックス・ピストルズやジョン・ライドンがそれまでの常識を破って始めたことは山ほどあるんですが「レコーディングに関わったメンバー全員の名前をソングライターとしてクレジットする」というのもそのひとつです。ピストルズがレコードを出した当時そんな例はほとんどなかったもんだから、みんなレコードを見て「あれ?曲のクレジットにメンバー全員の名前が書かれてる!」って驚いたものです。

後続のパンク・バンドもこぞってこれを真似したんですが、その意味を理解したのはずっと後になってからのはずです。今ではジャンルを問わず、色んなバンドが曲のクレジットにメンバー全員の名前を載せるようになりました。こんなところでも、後のバンドに大きな影響を与えてるんですよ、ジョン・ライドンという人は。

BMI のサイトでは著作権者のクレジットが検索できるようになっていて、たとえばシド・ヴィシャスがベースを弾いている「Bodies」という曲にはちゃんと本名の John Simon Beverleyでソングライターとしてクレジットされていることが分かります。今でもこの曲がラジオなどで流れる度に彼(の遺族)にお金が入るわけです。

ところで BMI 授賞式のニュース、NME を始めイギリスの商業音楽サイトにはなぜかほとんど取り上げられていません。同じイギリスでも先のインタビューを掲載した Evening Telegraph など一般のニュースサイトでは報じられているのに、商業音楽ニュースサイトはほぼ無視です。

理由はよくわかりませんが、どうやら BMI がアメリカ本拠の団体なのでイギリス音楽ギョーカイ的には取り上げたくないみたいですね。アメリカの著作権管理団体なのにロンドンにも拠点を置いて BMI London Award みたいに派手なイベントをやってるわけです。音楽著作権流通のグローバル化を見据えてイギリスでもアピールしたい BMI、「ここは俺の縄張りだぞ、入ってくんな!」というイギリス側、という構図なんじゃないかな。知りませんけど。

一方のアメリカ側は Rolling Stone が BMI Icon 賞、授賞式直前インタビューを掲載しています。

2013/09/20

俺のことなど世界中誰ひとり憶えていない (サーチ・アンド・デストロイ - イギー・アンド・ザ・ストゥージズ)

Iggy Pop, a photo by Elisa Moro on Flickr.

1960年頃から1975年にかけて、南北に分裂したベトナム間で起った長期かつ大規模な武力衝突がベトナム戦争です。北ベトナムをソビエト連邦を中心とする共産主義国が、もう一方の南ベトナムはアメリカを中心とする資本主義国が支援したため、共産主義対資本主義の代理戦争とも呼ばれていました。この戦争でアメリカは南ベトナムを物資面で支援するだけでなく、自国の兵士を大量にベトナムに派遣、参戦しました。

北ベトナムのゲリラ軍は森林に潜んでいました。つまり船や戦車で彼らを攻撃することはできません。そこで用いられたのがヘリコプターを使って先ず偵察隊を森林地帯に送り込んで敵を見つけ出し、地上から攻撃すると同時に飛行機からナパーム弾などを投下して焼き払うという戦法です。これがサーチ・アンド・デストロイ (Search and Destroy)作戦です。ちなみにこの当時、ヘリコプターというのは最新の軍事テクノロジーでした。

しかしこの作戦は失敗に終わりました。北ベトナムのゲリラ軍は地の利に長けており、森林に潜むゲリラ兵士は民間人と見分けがつかなかったからです。結果的に北ベトナムの民間人だけでなく、アメリカ軍にも大量の犠牲者を生み出す結果となりました。このあたりの様子は後に「地獄の黙示録」などの映画にも描写されています。

イギー・アンド・ザ・ストゥージズ(Iggy and The Stooges)が「サーチ・アンド・デストロイ」を含むアルバム「ロー・パワー (Raw Power)」をレコーディングしたのは1972年、イギー・ポップ(Iggy Pop)が25歳のときです。当時のアメリカは徴兵制を実施していましたから、彼もまたいつベトナムへ送り込まれるか分からない若者のひとりでした。結果的にイギーがベトナムへ行くことはありませんでしたが、彼と同世代の若者が大勢ベトナムへ行き、それっきり帰って来られなかった者は数万人に及びました。

ベトナム戦争は歴史上、若者を中心に世界的な反戦運動を引き起した初めての戦争でもありました。ジョン・レノンを始め、ポップ・スターたちが直接的な反戦メッセージを口にしたり、歌うようになったのもこの頃からです。

一方、イギー・アンド・ザ・ストゥージズのアプローチはこうした「愛と平和」タイプのものとはまったく異なるものでした。友人たちがベトナムのジャングルの中をさまよっているとき、ジェイムス・ウィリアムスンはまるでヘリコプターからの機銃掃射のようなサウンドをギターで鳴らし、イギーはステージの上で男性ストリッパーさながら裸で身をくねらせ「俺を撃ち抜いてくれ!」と叫んでいました。

1973年1月に和平協定が成立しアメリカ軍はベトナムから撤退、同時に徴兵制も廃止されました。アルバム「ロー・パワー」がリリースされたのはその翌月のことです。当時このレコードはまるで売れず、間もなくストゥージズも解散してしまいました。当時の世の中にはストゥージスを受け入れられる人がまだ少かったんです。

ジェイムス・ウィリアムスンがギタリストとして復帰、イギー・アンド・ザ・ストゥージズが復活したのはそれから36年も後の2009年のことでした。そしてイギーは今もこの歌を歌う度、ひとりジャングルをさまよっています。

俺は胸にナパーム弾を詰め込んで街をうろつくチーター
原子爆弾から生まれた家出息子
俺のことなど世界中誰ひとり憶えていない
サーチ・アンド・デストロイ作戦の遂行者

お願いだから俺を助けてくれ
誰か俺の魂を救ってくれ
俺を爆破してくれ

気を付けたほうがいい、俺は最新のテクノロジーを駆使してる
言い訳してるヒマなんかない
真夜中に魂が発する放射能
銃撃戦の最中(さなか)の愛

お願いだから俺を不意打ちしてくれ
誰か俺の魂を救ってくれ
俺の心を射ち抜いてくれ

俺のことなど世界中誰ひとり憶えていない
サーチ・アンド・デストロイ作戦の遂行者
俺は世界中から見捨てられた男
ひとりサーチ・アンド・デストロイ作戦を遂行してる

2013/07/04

もしわたしが気を失ったらきっと誰かがマウスツーマウスで人工呼吸してくれるわよね (Haim Live at Glastonbury)

HAIM - Falling at Glastonbury 2013

先週末開催されたイギリス最大の音楽フェスティバル、グラストンベリー・フェスティバルのステージにハイム(Haim)が登場しましました。しかもいきなりメインのピラミッド・ステージです。さらに別の日にパーク・ステージでもプレイするというまさかの2ステージ、まだアルバムも出していないアメリカの新人バンドがこのような待遇で招かれるのはおそらく今までになかったことだと思います。

ところが初日、金曜のピラミッド・ステージでとんでもないアクシデントが発生しました。ベーシストのエスティ(Este)姉ちゃんが危うく死にそうになったというのです。

もう少しで死ぬところだったのよ。実はわたし糖尿病なんだけど、とってもお利口さんな糖尿病患者なもんだからステージの前に食事を取らなかったのね。そしたらステージが始まって時間の真ん中くらいのところで腕の感覚がなくなってきたの。「ヤバい、これ普通に演奏できるような状態じゃない」って思った。

最後の方はもう目の焦点も定まらなくて、ステージを降りなくちゃならなかったの。だって2万5千人の観客の目の前で死ぬわけにいかないでしょ。

Haim At Glastonbury - Este Almost Fucking Died

糖尿病というと「太った中年のおっさんがかかる生活習慣病」というイメージを持ってる人が多いかもしれませんが、若くしてかかるこの病気は自己免疫疾患のひとつです。ハードスケジュールがたたったのでしょう。どうやらエスティ姉ちゃん、ステージ上で糖尿病性ケトアシドーシス症状に陥ってしまったようです。

ステージ後半は耐えられなくなって椅子に座り、朦朧とした状態で演奏を続けたんですが、そんな状態で観客に向けてこんなことを言ってたそうです。

ここにはすてきな人たちがたくさん来てるから、もしわたしが気を失ったらきっと誰かがマウスツーマウスで人工呼吸してくれるわよね。

HAIM’s Este Haim Taken Ill During Glastonbury Set

病気で苦しい、つらいというときはまわりの元気な人がひどく憎らしく見えるものです。ましてフェスで大騒ぎしている観客ならなおさらです。だけど「ヤバい、これマジ死ぬかも」というときにこんなセリフの言えるエスティ姉ちゃん、やはり只者ではありません。みんなも見習いましょう。

エスティの体調がと心配になった人も多いと思いますが大丈夫です。前述のインタビュー・ビデオでは元気にジョークを飛ばしてるし、翌日のパーク・ステージのビデオはこちら。ほら、いつものエスティ姉ちゃんでしょ。

2013/06/07

「死ぬ覚悟はできている」そう言ってじじいたちは立ち上がった (Ready to Die - Iggy and The Stooges)

Iggy and The Stooges - Ready to Die

唐突ですがここでひとつ、世界中の若い人たちが気付いていない重大な事実をお知らせします。人はみな誰でも年を取ります。肉体がだんだん衰えて、やがて死に至ります。

そんなの嘘だ、俺に限って年を取ることなんて絶対ない。そう思ってる人も多いことでしょう。今のあなたには信じられないことでしょうが、まぎれもない事実です。

年を取って肉体が衰えてくると、以前はよく見えてはずのものがだんだんよく見えなくなってきます。ちゃんと聞こえていた音が聞こえなくなってきます。何か言おうとすると咄嗟に言葉が出てこなくなったり、身体のあちこちがひっきりなしに痛むようになってきます。新しい言葉や名前がなかなか憶えられなくなってきます。以前は歩いて行くのが当り前だった所が、遠くて辿り着くことが困難な場所に思えてきます。いつでも来ようと思えば来られた場所が、ああここに来るのももう最後なのかなと思えてきます。

健康に気を付けて身体を鍛えていれば衰えも緩やかになる?うん、そうかもしれません。だけど若い時代の「身体を鍛える」という行為は「今日の自分より明日の自分のレベルを上げる」ためのものです。一方年を取ってからのそれは「今日の自分のレベルを明日も何とか維持する」ためのものです。それもやがて「今日より明日の自分のレベルが下がってしまうのは仕方ないけど、その下がり方をなるべく少なくする」ための鍛錬になってきます。それに無理をして怪我などをするとなかなか直りません。若いうちは骨折したってすぐに直って、怪我をしたことすらすぐに忘れてしまいますが、年を取ってからの骨折は完全に回復することなく、いつまでも痛みを抱え続けることになります。

以前は何ということのなかったこと、当り前にできていたことが自分ひとりではできなくなる。年を取るというのはそういうことです。

30年近くもの長い間、ソロ・シンガーとして活躍してきたイギー・ポップ(Iggy Pop)が大昔に解散したバンド、ストゥージス(The Stooges)を再結成したのは2003年、イギーが56歳の頃です。もちろん本人はそんなこと言ってませんが、おそらくは自分ひとりの力に限界を感じ、頼れる仲間を求めてのことだったのだと思います。

そしてそのストゥージズ再結成からさらに10年が経ちました。イギーは今年66歳です。この10年の間にストゥージズのギタリスト、ロン・アシュトン(Ron Asheton)が亡くなりました。ドラマーのスコット・アシュトン(Scott Asheton)も2011年に倒れ、現在もツアーには復帰できていません。同じ頃イギー自身も左足を骨折しツアーをキャンセル、その後今も足を引き摺りながらステージに立っています。

そんな中でこの4月末、ニューアルバム「Ready to Die」がリリースされました。イギーのアルバムと考えれば前作「Après」からわずか11ヶ月ぶりですが、ザ・ストゥージズのアルバムとして考えれば「The Weirdness」から5年ぶりです。ジェイムス・ウィリアムスン(James Williamson)がギターを担当するイギー・アンド・ザ・ストゥージズのアルバムとして考えれば「Raw Power」以来、実に40年ぶりのリリースとなります。

イギーを始め、現在のストゥージズの面々、どこからどうみても肉体の衰えが明白なじじいたちです。そこまでしてなぜステージに立ち続けるんでしょう?

それはきっと世界を救うためだと思います。

落ち込んでいく気持ちを抑えられない
陰鬱な自分が嫌でたまらない
俺は死を覚悟で
高望みしてやる

しょぼくれた街が俺を落ち込ませる
しかめ面で過ごすのは快適だぜ
俺は死を覚悟で
高望みしてやる

この薄っぺらな皮膚の下には怒りが詰まってる
俺がこの世界に厳然たる判決を下してやる
俺は死を覚悟で
高望みしてやる

こんな音が悪くて中途半端なのじゃなくて、ちゃんとしたライヴ映像が観たいという人は以下をどうぞ。

NPR Misic: Iggy & The Stooges, Recorded Live At (Le) Poission Rouge
2013年4月28日、アルバム「Ready to Die」からの曲を多数披露した発売直前特別ライヴ。
Moshcam: Iggy & The Stooges Live in Sydney
シドニーでのライヴ。2013年4月2日におこなわれたコンサートのフル映像。アルバム発売までまだ約1ヶ月あったためか、新曲は「Burn」1曲のみ。ただし Kill City や Johanna などジェイムス・ウィリアムスンとの共作曲を多数演ってます。

2013/05/25

どうしてそんなものが今聴こえてるんでしょう? (The Number One Song in Heaven - Sparks)

Two Hands One Mouth: エクトプラズム吐いてます

この3月に発売されたスパークス(Sparks)のニューアルバム「Two Hands One Mouth」は彼らの約40年に及ぶキャリア、通算23枚目にして初めてのライヴ・アルバムです。2012年の秋から始まったアルバムと同名のツアーでのパフォーマンスをライヴ録音、約1時間半、全21曲が収録されています。

電子楽器を使ったダンス音楽のオリジネーターとして知られているスパークスですが、今回のツアーはロンとラッセルのメイル兄弟だけで、バンドはいません。ロンの二本の手によるキーボード演奏、そしてラッセルの口から出てくる歌声、それだけです。だから Two Hands One Mouth なんです。

「ああ、アコースティック編成のいわゆるアンプラグドねー」と思う人が多いでしょうが、そう言うとスパークスの二人は「そんなんじゃないっ!」って怒ります。一見温和に見えますが、そういう頑固なところのある二人です。そうじゃないと40年もずっとやってこられません。

ロン・メイル: (Two Hands One Mouth ツアーを実現するに当たって)最も大変だったのは、もちろんバンドを使わずにキーボードだけで曲を演奏しなくてはならないということだよ。だからといって、いわゆるシンガーソングライターのステージみたいにはしたくなかった。穏やかな調子で「次はぼくが1987年に書いた曲です。聴いてください」なんてのは真っ平だからね。我々は攻撃的な調子を保ったままでこれを実現したかったんだ。キーボードと歌だけでうまくいく曲を選び、キーボードでの演奏内容を見つけ出していった。(バンドなしの状況では)いつもと同じキーボード・パートを弾くわけにはいかないからね。新たなものが必要だったんだ。

ラッセル・メイル: 「つまりアコースティックなツアーをやるってことですね」って受け止める人もいたよ。ぼくらは別にアコースティックを軽蔑してるわけじゃないよ。アコースティックって言葉につきまとってるイメージが嫌なんだ。シンガーソングライターが訥々と語り、自らの魂を露わにしていく... みたいな。ぼくらはスパークスの強靭さ、突進力とかパーソナリティを保ったまま、それを二人だけで実現する方法を見つけたかったんだ。

ロン: 往々にして我々は曲よりもスタイル重視のバンドと思われがちだからね。我々の曲は伝統的な楽曲とは違うけど間違いなく音楽なんだって、今回のやり方はそれを知ってもらういい機会になるかもしれない、そう思ったんだ。

ラッセル: 歌詞はオリジナルから変えてはいないんだけど、声とキーボードしかないせいで、違って聴こえるかもしれない。スタジオのレコーディングでは歌詞がバックの音に埋もれてしまうことがしばしばあって、歌詞の意味がわかりにくくなってしまうんだ。だけど今回のツアーでは歌詞が目立って聴き取りやすくなってるはずだよ。

INTERVIEW: Sparks

ということですので、スパークスの強靭さ、突進力を感じ取るため、このアルバムは大音量で聴くことをお勧めします。

さて、次に紹介するのはこの Two Hands One Mouth ツアーの映像です。1979年、天国でナンバーワン・ヒットとなった曲です。きみにはこのステージに立つ二人の変なおじさんたちの背中に羽があるのが見えるかな?

これは天国のナンバーワン・ソングです
万能なる御手(みて)によりつくられた曲です
天使たちはみな主の囲いの中にいる羊です
彼らは主とそのおぼしめしにしたがうのです

これは天国のナンバーワン・ソングです
どうしてそんなものが今聴こえてるんでしょう?
それはたぶん
きみは自分が思ってるよりずっと
ここに近づいているせいじゃないかな
きみが望んでいるよりずっと
ここに近いところにいるせいじゃないかな

2013/05/13

Haim のアルバム・リリースはまだ少し先になりそうです

Haim @ Stubb's for SXSW
Haim @ Stubb's for SXSW, a photo by ConcertTour on Flickr.

フジロックへの出演でいよいよ初来日が決まった Haim、デビュー・アルバムは5月くらいに出るんじゃないかという噂だったのですが、まだもうちょっとかかるみたいです。この5月後半、ヴァンパイア・ウィークエンドのサポートとして予定していたツアーをキャンセルしてアルバムを仕上げるという Tweet が流れていました。

そうするとアルバム発売は来日には間に合わない可能性大だなあ。まあ出来ていないものはいくら出せって言っても出て来ないので、おとなしく待ってるしかありません。それでなくても Haim、今ものすごく忙しいんですよ。こっちのツアー日程見てわかる通り、イギリス、ヨーロッパと北米を入ったり来たり、8月末まで目いっぱいライブが詰まってます。

今でこそ注目の新人バンドとして大忙しの Haim ですが、その名前が知られるようになったのは、わずか1年ほどのことです。まずは次のヴィデオをご覽ください。昨年の春、SXSW での Haim のステージです。

Haim のステージそのものは今と変わりありません。だけど観客は嘘みたいにまばらです。ジャイアンの空き地リサイタルほどの人数しかいません。ステージ真正面で写真を撮った後、演奏途中で立ち去る無礼な女が腹立たしいです。

続いて今年の SXSW です。ステージ上の Haim は去年と変わらぬマイペースです。なのに観客はどうしてここまで違うんだ?この観客はどっから湧いてきたんだ?というくらいの勢いです。

ということで教訓。有名、無名にかかわらず、素晴しい音楽やそのプレイヤーにはちゃんと敬意を持って接しましょう。去年の SXSW Haim のステージ途中で立ち去ったあの女性は今頃、天罰がくだっているに違いありません。

(2013/06/18追記)その後のインタビューによると、アルバムの発売は夏の終わりになるそうです。9月くらいかな?

2013/05/11

パンクってのは愛のことだ! (Public Image Ltd Live in Sydney)

PiL Sydney Concert

みなさんお待ちかね、先月4月10日にオーストラリアのシドニー、エンモア・シアターでのパブリック・イメージ・リミテッド(Public Image Ltd)のライヴ映像が Moshcam で公開されました。全17曲、2時間強のライヴすべてがおうちで誰もが無料で観られるんです。しかもその映像と音は、共にこれまでの PiL のライヴ・ヴィデオの中でも最高の品質なんです。これを幸せと呼ばずに何と呼びましょう。

3月末から始まった今年の PiL ツアー、オーストラリアは中国、日本に続いて3カ国目です。PiL が最後にオーストラリアでコンサートをしたのは1989年のことですから、実に24年ぶりのオーストラリアということになりますが、映像を見てわかる通り、前回のコンサートのときにはまだ生まれていなかったような若いファンもたくさん集まっています。

ついでなんでこの Moshcam というサイトについて説明しておきましょう。Moshcam は様々なアーティストのコンサートをインターネット上で配信しているオーストラリアの会社です。2007年の設立で、最初はもっぱらシドニーでのライヴを撮影して配信していたんですが、どんどん勢力を伸ばして最近はロンドンやニューヨークなど他の都市でのライヴまで配信するようになっていて、数百本の高品質ライヴ映像を無料で配信しています。日本にはなかなか来ないようなバンドのライヴもここで観られます。

だけどそんなことしてこの会社はどうやって稼いでるんだろう?すみません、その内情はよく知らないんですけど、どうやら Goole TV や hulu などにコンテンツを販売して利益を得ているみたいです。このためよくある映像サイトみたいにうるさい広告に煩わされることがありません。

しかしちょっと前までは時間帯によって映像や音が途切れたりすることがよくあったんですが、最近コンサート映像を moshcam.com のほか YouTube でも提供するようになって負荷が分散されたためか、ネットワークの回線面も改善されてきたようです。

ということで PiL のライヴは moshcam.com と YouTube、どちらでも好きな方を選んで楽しむことができるのですが、若干使い勝手に違いがあります。moshcam.com の方は広告が入らないし、曲と曲の間の切り替わりがスムーズなのでコンサートを通して楽しみたいときにはお勧めです。ただし Flash が使われているため iPad や iPhone では観られません。一方の YouTube は iPad/iPhone も大丈夫で回線に合わせて映像品質を選べるのがメリットなんですが、曲毎にぶつぶつ途切れることと広告がうるさいのが欠点です。

私はまだ試していないんですが、iPad/iPhone には専用のアプリが用意されているので、そっちを使った方が快適かもしれません。

PiL のコンサート内容については観ていただければわかります。あえて説明はいたしません。お楽しみください。ジョニー・アンド・ザ・ボーイズ、渾身のライヴです。ジョニーの「パンクってのは愛のことだ! (Punk is Love!)」という言葉で幕を開けます。

2013/05/04

我々には変化がふさわしい (Change Becomes Us - Wire)

Change Becomes Us - Wire

あるとき絶大なる人気を誇り大勢の人々の支持を得たバンドや音楽作品が、その作者やファンと共に年を取り、次の世代に引き継がれずにやがて忘れ去られてしまう。そんな例は洋の東西を問わずいくらでもあます。挙げていくときりがありません。むしろそれがごく普通のあり方です。

ファンの立場で言えば、コンサートに行って自分の好きなあの曲を聴きたいというのはごく自然な欲求です。大好きなあの曲を演奏してくれて、それでまわりのみんなと一緒に盛り上がる。とても幸せです。でもそんなことを何度か繰り返しているとある日、ふと気付きます。大好きなアーティストのあの曲、サビの部分で声に伸びがなくなってる。ああ、年を取ったんだ。自分も肌に張りがなくなって贅肉も付いちゃったしな。まわりを見回すと、コンサート会場にいるのは自分と同じような年代の人ばかりになっています。

こんなんじゃいけない。素晴しい音楽が年月に埋もれてしまうと感じ、次のコンサートには息子や娘を誘ってみます。だけど返事は案の定「そんな年寄りの音楽、興味ない」です。振り返ってみると、自分だって若い頃は親やその年齢の人が「これはいい! これを聴け、これを読め」って言ったものを素直に受け入れたことなんてないしな、無理ないなって思います。

一方、アーティストの方はもうちょっと早く問題に気付きます。苦労してやっと多くの人たちに曲を聴いてもらえるようになった。ヒットしたあの曲では会場みんなの大合唱が起こるようになった。でもあの曲がヒットしたのはもう3年前。今ではお決まりの曲にお決まりの反応。おかげで何だかバンドのイメージが固まっちゃって、ファンはいつも同じ顔ぶれ、新しいファンが入ってくる余地がなくなってるような気がする。

ということでハードなサウンドのバンドが突然ロカビリーに走ったり、清楚なイメージで売っていた女性シンガーが突然どぎついメークでステージに登場したりするのですが、多くの場合うまくいかず、そのまま芸能界から消えてしまうことも少なくありません。

そんなめんどくさいこと考えないで、ファンは自分の好きなように楽しめばいいし、アーティストは観客の望むものを提供するのが仕事でしょ、という説にも一理あります。そして多くの人は実際にそうしています。でもそんなんじゃ嫌だ、という人たちも当然出てきます。

ワイアー(Wire)は1977年にレコード・デビューして、35年以上を経った今も精力的に活動し続けているバンドですが、ワイアーのアルバムはどれひとつとして、同じスタイル、同じ音の感触のものはありません。つまりあるアルバムで成功したやり方はそのアルバム限りであっさりと捨ててしまい、二度と使おうとしません。次のアルバムはまったく違うアプローチで取り組みます。ライヴも同様で、ツアー毎にセットリストはがらりと変わり、その大半は新曲です。

商売という側面からバンド活動を考えると、これほど間違ったやり方はありません。新作のプロモーションをして、CD を売って、ツアーをして、やっと人々に受け入れられてきて、次のアルバムはもっと売れる、次のツアーではもっとたくさんの人が集まるというときになると、バンドはまったく別のものに姿を変えているのです。投資をして、商品を宣伝して、みんなが買おうという気になったらもう商品がないなんて商売とは言えません。

しかし驚くべきことに、同時代のイギリスで登場したバンドの大半が解散、活動を停止している中、ほぼオリジナルメンバーのまま、コンスタントに活動し続け、今最もアクティヴなバンドがワイアーです。常に変わり続けるというやり方は一貫して変わっていません。その中心人物、コリン・ニューマン(Colin Newman)は新作「Change Becomes Us」について次のように語っています。

ワイアーの奇妙な歴史における重要事項として、1980年に解散した当時、それはアルバムをもう一枚作れるほどの数だったんだが、レコーディングはおろかデモ録音さえしていない作品がそのままになっていたという事実がある。もっとも当時のぼくらはそれをアルバムにしようなんて気はなかったんだけどね。それがずっとぼくらの中で引っかかっていたんだ。

2000年に活動を再開したとき、それを形にしてみてはという提案を受けたことがある。そのときも検討には値しないアイディアに思えた。だが(1980年頃に作られ)元は「Ally in Exile」というタイトルだった曲だけは作り直して「I Don't Understand」になった。この曲は数年後(女性下着ブランドの)ヴィクトリア・シークレットの宣伝にも使われた。

だから完全に無視していたというわけではないんだ。ひょっとしたらこの作品を使って「ワイアーはけっして過去を振り返らない」スタイルのものが作れるかもしれない。そう思いついた。なにせこれらの作品はアルバムとしてレコーディングされたこともないし、当然リリースもされたことがない。ほとんどの人はそれが一体どういう作品なのか知らないんだから。

2011年、イギリスのエージェントから二度目のツアーのオファーを受けた。これまでになかったことだよ。1年に二度もイギリスでツアーをやるなんて1978年以来だったからさ。ぼくらはいつもたくさんの新曲をステージで演ってる。だけどそのときは(前のツアーを終えたばかりで)「Red Barked Trees」に続く新しい作品がまだ用意できてなかったんだ。

そこで思い出したのが(1979年から1980年にかけて作られた)作品さ。その中から7、8曲をセットリストに入れて演奏した。オーディエンスの9割はそれが昔作られた作品だなんて気付いてなかった。「今まで観た中で今回のバンドが最高だ!」って感じの反応だった。これほど面白いことはないよ。

ぼくらはこれをレコーディングしておかしなものができるわけがないと確信した。それでウェールズのモンマスにある、数々の名作が作られたロックフィールド・スタジオを予約した。そこで1週間かけてレコーディングして、その後6ヶ月かけて仕上げたんだ。

For Wire and Colin Newman, Change is Good

つまりワイアーの「Change Becomes Us」は1980年には存在し得なかった4枚目のアルバムが、2013年の今、突如姿を現わしたものとも言えます。もちろんその音はまるで1980年のものには聴こえません。しかし本人たちがやり残してずっと引っかかっていたこと、35年経ってもまだやる価値のあることを実現したものです。

アルバムのオープニングを飾るのは「Doubles & Treble」で、元は「Ally in Exile」と呼ばれていた曲です。つまり上記インタビューにある通り、アルバム「Send」に収録された「I Don't Understand」とは双子の関係にある曲です。今のワイアーが「Send」の時代とはまるで違うバンドだということが、これを聴けばよく分かるはずです。そして次のアルバムではまた別のワイアーが姿を現わすに違いありません。

決まった形にとどまらず、変化し続けるワイアーは今なおそのファンを増やし続けていて、今年は北米で今までにない長いツアーを行う予定だそうです。

亡命中の同胞のひとりが
緊急指令を受けた
既に彼はトラブルの渦中にあり
気の休まる暇などなかった
暗号に気付くと
即座に解読した
メッセージに書かれていたのは
国とその地域、そして道路

恐れていた通り
彼の正体はバレていたのだ
ネットワークの規模が
膨れ上がり過ぎたのだ
組織の肥大化が
ありがたくない事態を招いた
今後一切の連絡を断つため
最後の言葉を送信した

レジスタンス活動は
効果が上がらず停滞
彼は連中の到着に備える
殺戮のときを待つ

レジスタンス活動の効果はなく
彼は殺戮のときを待つ
彼は到着に備える
彼はじっと待つ

レジスタンス活動は無駄
彼は殺戮に備える

彼は劇場の中で泣き崩れたが
照明には曝されたくなかった
ことさら
戦略的洞察力を煽るような光には

だが幸運にも
彼は蓄えを用意していた
2重に、そして3重に
ドアに鍵をかけた

2013/04/20

常識的に考えれば PiL の曲を聴いて「楽しい」という人はどうかしてます (Public Image Ltd 2013-4-5 東京 SHIBUYA-AX)

この4月5日東京 SHIBUYA-AX で PiL のライヴを観てきました。最新アルバム「This is PiL」のリリース後、初めての日本でのライブです。感想ですか?ええと、細かいことはよくおぼえてないけど、すっごく楽しかったです。

わかってるよ、何だよそれ、その保育園児が遠足行ってきたみたいな感想は、って言いたいんだろ。仕方ないじゃない、本当なんだから。でもさ、保育園で初めて遠足行ったときくらい楽しかったこと、最近あったか?楽しさを甘く見てもらっちゃ困るな、大切なことなんだぜ。

2011年の PiL 復活ライヴの評判は「かっこいい!」「チャーミング!」「すごい声!」でした。今回の来日ではさらに「すっごく楽しい!」が加わったのです。30年以上ずっとメタルボックス聴き続けてるおっさんも、たまたま招待券もらって PiL って何なのかよく知らないのにライヴに来ちゃった女の子も一緒になって「楽しい!」って踊ってました。

常識的に考えれば PiL の曲を聴いて「楽しい」という人はどうかしてます。神の名のもとに行われる殺戮を歌った Four Enclosed Walls、首にまとわりつき振り払えない悪夢を歌った Albatross、くだらない記憶ばかり頭にため込んで年老いていく男の歌 Memories、危篤の母親が苦しみ死を迎える様を歌った Death Disco、お互いの無理解による別離を歌った Flowers of Romance に、アパルトヘイト下での拷問や抵抗を歌った Rise 等々、どれも普通の楽しさとは正反対の歌ばかりです。

でも楽しいんです。信じられませんが、信じられないほど楽しいんです。別に日本人の観客が英語の意味がわからないからじゃないよ。英語圏の観客だっておんなじ反応をしています。理由は簡単です。エネルギーです。悲惨だったり深刻だったりする歌詞の内容とは裏腹にジョン・ライドンの声、PiL のサウンドにそれらをものともしないエネルギーを感じるからです。そして、自分の中からも同じエネルギーがわき起こってくるのが感じられるからです。だからみんな Death Disco でジョン・ライドンが泣き叫ぶように歌う中、涙を流しながら楽しそうに踊るんです。うん、端からはすごく変に見えても仕方ないと思う。

今回の PiL 来日コンサート、行きたくてもどうしても都合がつかず行けなかった。あるいは知らずに見逃してしまったという人も多いことでしょう。そんな人に朗報です。日本でのコンサートの直後に行われたシドニー公演の模様が Moshcam で公開されることになっています。公開の時期はたぶんゴールデンウィーク明けぐらいだと思います。楽しみに待っていてください。そして、来年か再来年、次回の PiL 来日は決して見逃さないように。一緒に「俺たちはここにいるぞ! (Here We are !)」って叫びましょう。

(2013/05/11 追記)
Moshcam で PiL のコンサート・ヴィデオが公開されました

2013/04/08

PiL (Public Image Ltd) JAPAN TOUR 2013 4/6(土)東京 SHIBUYA-AX

PiL (Public Image Ltd) JAPAN TOUR 2013 4/5(金)東京 SHIBUYA-AX

PiL (Public Image Ltd) JAPAN TOUR 2013 4/3(水)大阪 なんばHATCH

PiL (Public Image Ltd) JAPAN TOUR 2013 4/2(火)名古屋 CLUB DIAMOND HALL

2013/03/31

PiL のライヴとアイルランド流の楽しみ方

John Lydon, PIL, The Opera House
John Lydon, PIL, The Opera House, a photo by PJMixer on Flickr.

現代の社会生活、特に学校とか仕事の場において感情をあらわにすることは良くないこととされています。人前で派手に怒ったり、泣いたり、笑ったりは控えなくちゃならないことになっています。感情を抑えて人とつき合ってます。でもじゃあみんな一体どこで感情をあらわにしてるんでしょう。

感情というのはひとりだけじゃ生まれません。少なくとも自分じゃない別の存在を感じて初めて感情というものが生まれます。親しい間柄ならお互い怒って怒鳴り合ったり、一緒に泣いたり笑ったりもできます。お互いが信頼できる間柄じゃないとなかなかできません。さほど親しくない人を相手に怒鳴ったら、簡単にその関係が壊れてしまうからです。涙と鼻水をたらしておいおい泣く姿だって親しい人じゃないと見せられないし、本当に親しくないと一緒に心から笑って楽しむことなんてなかなかできません。

感情というのは人間が生きる上でとっても重要なものなんですが、会社や学校での生活では何だか「抑え込め」「我慢しろ」と言うばかりで「それはとっても大切なものなんだからちゃんと吐き出すべきものなんだよ」という人はあまりいません。

人が幸せかどうかをどうやって測るのかは難しい問題です。衣食住足りて、仕事もお金もあるのに幸せを感じられない人は世界中にごまんといます。ですがひとつ確実に言えるのは感情をあらわにできる、信頼できる誰かが身近にいるかどうかというのは幸せの大きな要素です。人間生きていれば誰にでもつらいことや悲しいことがあります。それがいかに不幸で苦しいことであろうと、そのとき誰かと一緒に心から泣いて悲しむことができるのであれば、それはとっても幸せなことです。

セックス・ピストルズの時代からそうですが、ジョン・ライドンの歌は不思議なかたちで人の感情にはたらきかけます。怒り、喜び、悲しみ、普通はそれぞれ別に分かれているはずの感情がごっちゃになって押し寄せてきます。たとえば PiL の代表曲「Death Disco」、この曲は癌で死を目前にした母親のことを歌った曲です。ジョンは本当に泣き叫ぶようにして歌います。ですが、ライヴでこの曲が始まるとなぜかそうした意味がすべてぶっ飛び観客はみな狂喜乱舞します。

ジョニー自身はこれを結婚式で泣いて、葬式で大笑いするアイルランド流の楽しみ方だと言っています。そう、みんなで悲しめるというのはとても楽しいことなんです。信じられない?だったらぜひ PiL のライヴへ行って実感してみるといいよ。

たとえばイスラエルの人々に「アッラー」と合唱させる、そんなこと普通常識的に考えてできることではありません。不可能です。ところが信じられないことに2010年、現実に彼はにそれをやってのけているんです。理屈ではなく、イスラエル人が一緒に歌わずにいられない感情を彼は引き出したのだと思います。

理屈ばかりじゃなく、みんなもっと感情、エモーションの力を信じた方がいいよ。

俺は動物の声を怖いとかうるさいとか思ったことはない。子どもの声も同じだ。子どもたちが遊んだりはしゃいだりしてる声を煩わしく感じたことは一度もない。不思議なことに子どもの声は PiL が表現してるものと同じだからさ。さらに不思議なことに PiL はなぜか子どもにすごくウケる、それも同じ理由なんだ。

心底誠実であることが素晴しい成果を上げたってことさ。俺は本当のことを率直に伝えること、そして俺を育ててくれた階級や文化、俺が信頼するもの、そして誠実さに対する愛を表現することに力を注いできたんだ。子どもは嘘つきが嫌いだからな。

子どもは大人の嘘をすぐに見抜く。まあ大人も子どもが嘘をついたらすぐにわかるけどな(笑)。だが子どもは嘘をついてるんじゃない、遊んでるだけだ。そうだろ?子どもは障壁を乗り越えるんだ。それが素晴しいんだ。実際俺の心にもそういう子どもっぽいものが残ってる。無知じゃないぜ。純粋なんだ。現実の世界がどうであろうと、惑わされたりしないんだ。

アルバムの中にエデンの園へ帰ろうって歌がある。宗教からいただいてきた言葉だが、友人や近所の人、親戚みんなが話しかけてくれる素晴しい場所を観念的に表現してる。俺が子どもの頃住んでいた場所は実際そんな感じのところだった。だが昔のことを懐しんでるだけじゃなく、今の社会に生きるみんなにもそうあり続けてほしいと願ってる。

PiL のギグは楽しいイベントなんだ。敵は誰もいない。みんなお互い友達になるために集まるんだ。子どもを連れて来るといい。PiL のギグなら安全だ。じいちゃんばあちゃんも連れて来てくれよ。きっとみんな気に入るぜ。

SmartShanghai Interview: John Lydon

PiL の曲をエモーショナルに楽しむというのは、たとえばこんな感じです。

(注) ジョニーは「子どもを連れて来るといい」と言ってるんですが、この4月の PiL 東京ライブの会場 SHIBUYA-AX は「未就学児(6歳未満)のご入場をお断りさせていただきます」だそうです。けしからんです。コンサートって花火大会なんかと同じ娯楽だよ。子どもの入場を断る花火大会なんてあり得ないでしょう。

2013/03/30

PiL の Xfm スタジオ・ライヴがダウンロードできるようになってました

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Lu Edmonds at the Royale, Boston, 10-15-2012, a photo by xrayspx on Flickr.

昨年ロンドンの FM ラジオ局 Xfm で PiL のスタジオ・ライヴが放送され、そのときの演奏が Web で聴けるようになってることは以前紹介した通りなんですが、さっき聴き直そうとしていて各曲のファイルがちゃんとダウンロードできるようになってることに気付きました。

普通 Flash のインストールされた PC の Web ブラウザで Xfm Sessions - Public Image Ltd のページにアクセスして曲の Listen マークをクリックスするとプレイヤーのウィンドウが開いて曲が聴ける仕組みなんですけど、これ実はストリーミングじゃなくてファイルのダウンロード再生なんですよ。たまたま Flash が無効になった状態でこのページにアクセスしたところ、Flash が使えない人用にファイルダウンロードのリンクが表示されることがわかりました。

ファイルは MP3 と M4A の2種類が用意されています。「Flash ってどうやれば無効になるの?やり方わかんない」という人のために、ダウンロード用のリストを作成しておきました。MP3 か M4A、好きな方を右クリックして「リンク先を別名で保存」とやれば PC に保存されます。

  1. One Drop (MP3 / M4A)
  2. Out of the Woods (MP3 / M4A)
  3. Reggie Song (MP3 / M4A)
  4. Deeper Water (MP3 / M4A)

何れも「This is PiL」に収録されている新しい曲です。ラジオのスタジオでの一発録りですが、ジョニーが「アルバム This is PiL のレコーディングはほとんどライヴのようにおこなった」という言葉が嘘じゃないとわかる素晴しい演奏です。特にルー・エドモンズ(Lu Edmonds)のサズの細かなワザがよおく聴こえます。

これを聴きながら来週のコンサートを楽しみに待ちましょう。

英語がわかんないからって気にすることない。俺もよくわかんねえんだから (PiL China 2013)

摩登天空新年钜献 后朋克传奇乐队PUBLIC IMAGE LTD双城记

今年の PiL のツアーが今夜、北京でのコンサートから始まります。来週には日本にやってきます。比較的暖かい日が続くようですが、ぎりぎりになって風邪をひいたりしないよう、お家に帰ってきたら必ずうがい、手洗いを忘れないでください。早寝、早起き、万全の体調でジョニーとその仲間たちを迎えましょう。

さて PiL のツアーの始まりは中国、北京と上海でコンサートをするんですが、日本同様、西洋とは大幅に異なる文化を持ち、つい最近まで文化的な交流が強く制限されていた国でのコンサートということで、現地ニュースサイトの取材を受けたり、ジョニーはすごく張り切ってキャンペーンをしていて、YouTube には PiL Chna 2013 という専用リストまで設けています。だけど中国から YouTube へのアクセスって制限されてるんじゃなかったっけ?

中国の現在の物価水準からすると 普通の人にとって PiL のチケットはものすごく高価なもののようです(日本だと2万円以上するくらいの感じ?)。観に行ける人はかなり限られるんでしょうけど、今回ジョニーのパフォーマンスを観る人の中から将来の中国のキーパーソンが生まれることは間違いありません。

どういうわけか、きわめて不思議なことに俺の歌詞はすべて(中国)政府に承認されたんだ(笑)。きっと俺がすごく正しいことを言ってるって認められたんだな。さすがは西洋の国にはできなかったたくさんのことを成し遂げてきた国だ。こんなにオープンに歓迎されてゾクゾクする。最高におもしろい。人生最高の経験になりそうだ。

西洋の国の人間は中国を自分たちと違う、よそ者として見てる。だが俺はその中国の、政治家じゃない普通の人々に会いに行くんだ。そしてその人々のために演奏する。

俺たちが本当に興味を持っているの今の中国の政治状況なんかじゃなく、中国の文化を築き上げてきた人々の方なんだ。俺は子どもの頃学校で孔子について学んだ。みんな学んでるんだぜ。だから俺たちが中国に対して持ってる印象は、ここ70年くらいの政治状況によるものじゃなく、何百年もの間世界中にポジティブな影響を及ぼしてきた中国の方なのさ。

かつては障壁があり、俺たちは中国に行くことができなかった。だがその障壁は今や崩れ落ちた。だが俺たちにこれからの中国をどうしたらいいかなんて話を期待しないでくれ。俺たちをエルトン・ジョンと一緒にするなよ

あいつはものごとを一方からばかり見て、両面から見ようとしない。そうじゃないか。あいつはいつも同性愛者としての視点からしかものを言ってない。だから狭くて偏狭な見方になるんだ。俺はいかなる人種、宗教的、政治的信条、性的傾向も受け入れる、かまわない。人間の中に俺の敵は誰ひとりいない。なのに政治的勢力というやつは俺に難癖をつけてばかりだ。だが一方で、中国政府は俺の歌詞をチェックして、俺が何を主張し、何のために中国に行くのか認識した上で、見事許可を出した。中国とっていいことじゃないか。

中国はずっと文化的に俺の興味を引いてきた国だし、これからも引き続けるだろう。だがその中国は現代の世界に扉を開き、PiL を受け入れたと同時に西洋の生活様式も受け入れようとしている。だから西洋の考え方に染まらないうちに、それが問題だらけなんだと言っておく。西洋と同じやり方をしていくと、西洋と同じ問題に次々と遭遇する。西洋が提供するものを鵜呑みにするな。おかしなものがたくさん混ざってる。ただし西洋には PiL がいる。こっちはすごくいいものだから素直に受け入れていい。

俺が今の中国について何か見て知ってることと言えばネットの Google マップで見たものくらいさ。ただそれもスモッグで覆われててほとんど見えなかったんだけどな(笑)。

ものすごい楽しみだよ。何も知らないからさ。何も知らない赤ん坊のような状態で中国へ行くんだ。だからやさしくしてくれよ。友達になってくれるよな。中国人は歓迎してくれるよな。素晴しい機会なんだ。俺はこの機会を絶対無駄にしたりしない。だからみんなも無駄にしないでくれ。

SmartShanghai Interview: John Lydon

John Lydon: Message for China - 「英語がわかんないからって気にすることない。俺もよくわかんねえんだから」

2013/03/15

四人組、中国へ凱旋 (Gang of Four - Broken Talk)

英国传奇后朋乐队Gang of Four和AV大久保联合专场

ギャング・オブ・フォー(Gang of Four)は来週、東京で初めての単独ライヴをやることになってるんですが、来日を前に SoundCloud で 新曲「Broken Talk」が公開されました

で、早速聴いてみたら、あれ?声が違う、一体誰が歌ってるの? よく見たら写真もジョン・キング(Jon King)じゃなく若いあんちゃんが写ってる! Featuring the vocals of John Gaoler って書いてある。ええっ、ジョン・キング脱退しちゃったの?いつ?みんな知ってた?来週ライヴなのにヴォーカルのジョン・キングがいないんだよ!

すぐにオフィシャルサイトへ行って何か情報がないか探したんだけど「印象的なリード・ヴォーカルは、1年以上ギャング・オブ・フォーとステージやスタジオ活動を共にしているジョン・ジェイラー(John Gaoler)によるもの」としか書かれてません。んー、ということはジョン・キングはもう1年くらい前に辞めていたみたい。

オリジナル・メンバーの4人が再結集して2005年にツアーを開始したときは、期待したんだけどなあ。ライヴの評判もすごく良かったし、アルバム「Return the Gift」は古い曲のセルフ・カバーばかりなのにちゃんと「2005年に聴くべき価値のある音」になっていたし、次はいよいよ新作だ! と思ってたんだけどなあ。

ツアーが一通り終わったらドラムのヒューゴが抜けて、新作がなかなか出ない状態が続いてベースのデイヴ・アレンも抜けて、代わりに若いドラマーとベーシストが加入して2011年にやっとニューアルバム「Content」が出たんだけど、その後ぱったり活動のニュースが途絶えたと思っていたら、ヴォーカルのジョン・キングも辞めてしまいました。ギャング・オブ・フォーのオリジナル・メンバーはついにアンディ・ギル(Andy Gill)ひとりだけになってしまいました。

それぞれのメンバー脱退の理由はわかんないんですけど、みんないいトシだし、やっぱお金の問題が大きいんじゃないかな。アンディ・ギルだけはプロデュースの仕事やスタジオの経営もしてるので何とか音楽で食いつなげてるのかもしれません。アンディのギターがまだ聴けるということだけでも有り難く思いましょう。

ということで気を取り直してさっきのオフィシャル・サイトの記事をよく読んでみると、日本に来る前の20日と21日、北京と上海でもライヴをやるって書いてあります。さらに中国のバンド AV 大久保Re-TROS (Rebuilding The Rights of Statues) のメンバーがヴォーカルを担当して「Broken Talk」の中国語ヴァージョンをレコーディングしたなんて書かれています。

さらに調べてみたら Rebuilding The Rights of Statues はギャング・オブ・フォーの2011年ツアーでサポートを務めていて、AV大久保の方は昨年暮、アンディのプロデュースにより北京でレコーディングしていました。アンディ、中国バンドにすごく入れ込んでるのね。

若い人は知らないかもしれないけど、ギャング・オブ・フォーって名前は中国の四人組が由来なんですよ。その四人組(ギャング・オブ・フォー)が中国でライヴをやったり、中国のバンドを支援するようになったってのはものすごく21世紀だなあ。

まあ中国もがんばってるかもしれないけど、日本も負けてないよ。ギャング・オブ・フォー公式サイトのビデオページで紹介されてる日本のバンドがスカル・ムラティ。こういうのはほかの国の人たちには絶対真似できない。演奏、振り付け、選曲、会場、聴衆、すべてシブ過ぎ。

それからもうひとつ、SoundCloud のページをもう一度よく見てください。新曲「Broken Talk」はなんとライセンスがクリエイティヴ・コモンズ 3.0 Unported なんですよ。原著者のクレジットさえ表示すれば、コピーするのも演奏するのも二次著作物を作るのも自由。それが営利目的でもかまわないんです。

この曲だけなのか、それともアルバムのほかの曲にも同じライセンスが適用されるのかまだわかんないんですけど、英断です。アンディ・ギル、57歳。まだまだ茨の道を歩む気力は衰えていません。

ただ正直新曲の内容に関しては、アンディはともかくほかの若い3人のメンバー、もうちょっと何とか気合い入れて自分のオリジナリティ発揮しろよって思わなくもないんですが...。

(関連記事) 2005年、ギャング・オブ・フォー再結成時の泣ける話はこちら「Not Great Men

2013/03/12

日本のライヴ会場は凶暴なくらいポジティヴなエネルギーに溢れてる - PiL 来日記念盤「レジー・ソング/アウト・オブ・ザ・ウッズ」

Reggie Song / Out of the Woods

ジョニー・アンド・ザ・ボーイズ、PiL の来日がいよいよあと3週間後に迫ってまいりました。みなさんいかがお過ごしでしょうか。コンサート近くになってから風邪をひいたり、お腹をこわしたりしないよう体調には充分気を付けましょう。

さてこの来日タイミングに合わせて EMI Music Japan から来日記念盤「レジー・ソング/アウト・オブ・ザ・ウッズ」がリリースされます。明日、3月13日の発売です。

イギリス、アメリカでは昨年の10月に発売されたシングルというかミニ・アルバムなんですが「This is PiL」からの2曲のほか、2010年ニューヨークのライヴ5曲が収録されています。全部で47分もあるので実質普通のアルバムと変わらないのですが値段は1500円という特別価格です。

PiLの国内盤が出る、出ないはとっても重要なんです。音楽のダウンロード販売や聴き放題サービスがあまり普及していない日本の子供たちはTSUTAYAが頼りです。健全な青少年の育成は近所のTSUTAYAにPiLがあるかないかに大きく左右されます。

現在の PiL は大手レコード会社とは契約せず、自前のレーベル PiL Official から 作品をリリースしています。世界各地での販売はそれぞれの国の販売会社と契約を結んでおこなっているんですが、EMI グループ企業で PiL の CD を販売してるのは唯一日本だけです。

EMI Music Japan の中の人、CD が売れなくて厳しい中がんばってるね。ジョニーも喜んでるよ。つい先日のインタビューでも EMI Japan は特別だって言ってたよ。

日本人は精神的な自由を持ってる。あんな狭い島に住んでるんだから、物理的な面で日本人は社会的に強い制約の中で生きている。物理的な制約と過密状態から生まれる様々な問題の中で何とかやっていかなくちゃならない。それが逆に日本人が頭の中で世界を広げるチャンスになったんだ。

PiL のすごく実験的な面、(1981年の) Flowers of Romance みたいなアルバムだって日本ではちゃんと評価してくれた。ヨーロッパやアメリカのレーベルはリリースさえ嫌がっていたのに、日本では発売翌週になんとチャート入りしたんだぜ。

たしかチャートの8位じゃなかったかな。ものすごい元気付けられたよ。お陰で(ヨーロッパやアメリカの)レーベルの連中に「このアルバムが売れないだって?生憎もう売れてるんだよ!」って言えるようになった。

日本でのショーはこの上ない最高のものにしたいと思ってる。俺はそれが目的でやってるんだ。みんなから金をふんだくるためのショーじゃない、みんなと何かを分かち合うためのショーなんだ。

俺は幸せもんだよ、また日本に行けてものすごくうれしい。日本でやるギグの雰囲気は大好きなんだ。凶暴なくらいポジティヴなエネルギーに溢れてる。それに EMI Japan は俺たちにずっと、ちゃんと敬意を持って接してくれてる数少ないレーベルのひとつがなんだぜ。他の国の EMI ではあり得ない。日本だけのことなんだ。ニホン・イチバン(笑)。

Tokyo Weekender - Q & A: John Lydon

2013/02/28

靴は脱いでってば! (Confessions of a MILF - ヴィヴ・アルバーティン)

The Vermilion Border - Viv Albertine

ジャガイモの皮をむきおえたから、もうすぐできあがり。おいしいレモン・ドリズル・ケーキも焼けてる。フォンデュのチーズをあたためなきゃね。ズッキーニのキッシュは表面がカリカリ、おいしそうに焼けた。それとおしゃれな箱に入ったビスケットが100グラム。

人に指図しないでよ。魅力的でいい匂いのする奥さんがいなくなっちゃってもいいの?あなたも相手がだれだろうと、自分の言うことを聞かせようとしてくどくど言っちゃダメ。神様のつもり?余計なお世話。

幸せな家庭、幸せな家庭、幸せな家庭。

性欲ならあるし、友だちだっている。だけどロマンチックな恋なんて大昔のことよ、20世紀の遺物。そんなに素晴しいもんじゃないのよ、結婚だって同じこと。すごくいびつな関係。

いよいよ耐えられなくなったら、そこで考え直すかもしれないわね。でも貧乏な生活を送ることになるとしても、未亡人なんかになるよりマシ。わたしのロマンチックなママみたいに夫を捨てて、どこかの変人と駆け落ちしたっていいのよ(その変人がわたしのパパ)。

幸せな家庭、幸せな家庭、幸せな家庭。

自分のことなんだからよく考えなさい。我慢できなくなったら出て行ってもいいわよ。そりゃこう言う人もいるでしょうね。運命で一緒になった二人なんだから白鳥やタツノオトシゴみたいに一生添い遂げるべきなんだって。あいにくわたしたち、それほどすてきな間柄じゃないの。ナイスじゃないの。

ナイス、ナイス、ナイス。ナイス、ナイス、ナイス。

ニュース見てて腹が立ったら、テレビを消してペディキュアを塗るの。あっ、冷蔵庫の霜取りを忘れてた。子どもたち、悪いけどお母さんこれから犬の散歩に行かなくちゃ。やだ、台所で何か焦げてる。

男の人は家に自分専用のメイドさんが欲しいのね。家に自分専用のメイドさんが欲しいのね。だけどそのメイドさんは、家にひとり考えごとができる自分だけの部屋が必要なの。家に自分だけの部屋が必要なの。それでわたしは主婦のくせにアーティストになることにしたの。

この先すごく孤独な生活を送ることになるんだわ。わたしは主婦のくせにアーティストになることにしたんだから。この先すごく孤独な生活を送ることになるんだわ。わたしは主婦のくせにアーティストになることにしたんだから。

ライフ、ライフ、ライフ。ワイフ、ワイフ、ワイフ。

家庭にまさるものはないのよね。だけどわたしは家庭なんて信じてないの。家庭なんてつまらない。家庭に愛着なんて感じない。わたしを家庭に連れ戻さないで。家庭なんて大嫌い。連れ戻さないで。家なんて大嫌い。連れ戻さないで。大ッ嫌い。

わたしはね、大嫌いなの、きれいで、清潔で、白くて、ピカピカで、整理整頓がゆきとどいてて、ござっぱりしてて、品のいいインテリアと、感じのいい建物の、こじんまりした...

靴は脱いでってば!

料理して、掃除して、ご飯炊いて、洗濯して、掃除して、お買い物行って、ご飯炊いて、自分をごまかして、セックスして、料理して、洗濯して、お買い物行って...

幸せな家庭、幸せな家庭、幸せな家庭。

2013/02/23

リメイク、リモデル (The Jazz Age - ザ・ブライアン・フェリー・オーケストラ)

The Jazz Age - The Bryan Ferry Orchestra

あなたはサミュエル・クレイマーのことをお聞きになったことがあるかもしれません。詩人のようなジャーナリストのような人物で、ファンファルロというダンサーとわけのあった人ですけれど。でも、お聞きになったことがなくても、これからお話しすることにはさしつかえありません。彼は19世紀の初めパリでなかなか威勢がよかったのですが、わたしが1946年に会ったときは、まだその威勢は衰えていませんでした。が、今度はちがう方面ででした。彼は同じ人でしたが、変わっていました。たとえば、当時すなわち百年以上も前には、数十年にわたって、なんのてらいもなく25歳くらいだとうそぶいていましたが、わたしが彼と知りあった頃は明らかに42歳の中年男でした。

熾天使(セラフ)とザンベジ河」ミューリエル・スパーク (小辻梅子 訳)

初めてロキシー・ミュージック(Roxy Music)、ブライアン・フェリー(Bryan Ferry)の歌を聴いたときのことはよくおぼえています。1975年のことです。ある日、買ってもらったばかりのラジオ・カセットプレイヤーでどこの国だかわからない短波放送のラジオ局を聴いていたらその曲が流れてきたのです。ノイズがひどく途切れ途切れにしか聞こえなかったのですが、メロディーがはっきりと印象に残りました。当時まだ小学生だったのに、なんだかすごく懐しい、前にも聴いたことがあるような気がしました。言葉はわかりませんでしたが、何かとても大切なことを歌っているんだなとわかりました。それがロキシーの「Love is the Drug」だとわかったのは、少し後になって国内の FM ラジオで同じ曲がかかったからです。

それから雑誌でブライアン・フェリーの写真も見つけました。タキシードを着たおじさんでした。当時タキシードを着て歌う歌手というのは大昔のフランク・シナトラや演歌歌手だけでしたから、なぜロックバンドでタキシードを着たおじさんが歌っているのだろうと不思議に思いました。タキシードを着るような歌手の音楽は年寄り向けって感じで好みじゃなかったのですが、ブライアン・フェリーだけは違うと思いました。ブライアン・フェリーやロキシー・ミュージックの曲がラジオでかかることはめったになかったのですが、数少ないオンエアの機会を見つけてはカセットテープに録音して繰り返し聴いていました。

ブライアン・フェリーは昔からよく他人の曲をカバーしています。1970年代前半のソロアルバムはカバー曲ばかりでした。有名な曲もあれば、ほとんどの人が知らないような曲もあります。ロキシー・ミュージックとして出した自分の曲をソロでリメイクしたアルバムまであります。

人と同様、音楽作品にも寿命があります。たいていの曲はやがて人々の記憶から忘れ去られてしまいます。ある時代にたくさんの人が共感した大ヒット曲も、時代が変わればその意味が失なわれ、後から聴き直しても「どうしてこんな曲がヒットしたのだろう?」と感じるものが少なくありません。曲が時代を越えて生き長らえるには、常に新たな生命を吹き込む作業が欠かせないのです。優れたアーティストによるリメイクはオリジナル曲が持っていた価値と意味の再発見を促すとともに、新たな価値と意味を付与します。カバー曲だけが注目されるのではなく、それをきっかけにオリジナルにも脚光を与えることにもつながります。

ブライアン・フェリーの最新作「The Jazz Age」は奇妙な作品です。ザ・ブライアン・フェリー・オーケストラ名義のこのアルバムで、彼自身は歌っておらず演奏にすら参加していません。一般にはロキシー・ミュージックおよびソロとして発表した彼自身の曲を1920年代風のジャズにリメイクした作品と紹介されていますが、もちろん違います。

なぜなら1920年代のパリやベルリンにこれらの曲は「既に存在していた」からです。その証拠がこの「The Jazz Age」です。つまり後にロキシー・ミュージック、ブライアン・フェリーがリメイクすることになる数々の曲のオリジナルがこの「The Jazz Age」に収録されているのです。ロキシー・ミュージック、ブライアン・フェリーのヒット曲は「The Jazz Age」をリメイクしたものです。

言ってることがわけわかんない?わかんなくないよ。だって俺、1926年にパリだったかベルリンだったか忘れちゃったけど、どっかのキャバレーでこの曲で踊ってたもん。

2013/02/16

お父さん、ぼくをハイムの一員にしてください! (Haim - Falling)

Haim - Falling

LA のバンドなのになぜかイギリスのレーベル、ポリドールと契約したハイム(Haim)、作戦大成功です。初めてイギリスで演奏したのはわずか半年前、昨年の夏のことなんですがあっという間に人気に火がついて NME の表紙になったと思ったら、1月には並み居るイギリスのバンドを抑えてBBC の Sound of 2013 に選ばれるほどになってしまいました。

ダニエル: イギリスのオーディエンスはすごくアツいのよ。「Forever」の歌詞を知ってる人たちを相手に演奏したのは今回のツアーが初めてだったんだけど、みんなまだリリースしていない「The Wire」や「Let Me Go」みたいな曲の歌詞まで知ってるの。わたしがベッドルームで書いた曲をみんなが歌ってくれるなんてもう最高の気分。どのライヴでもみんな熱狂的に迎えてくれるの。

Interview: Haim (HTF Exclusive)

イギリスでの盛り上がりに刺激されて本国アメリカのレコード会社も動き始め、どうやらコロンビアと契約になったもようです。順風満帆です。こんな風にトントン拍子にコトが進み、急にまわりにチヤホヤされるようになるとつい舞い上がってしまうというのは若いバンドにありがちなことですが、ハイムの場合その心配はなさそうです。大きな会場のコンサートでも小さなライブハウスで演ってるときと変わっていません。

ツアーにはちゃんとパパ・ハイムとママ・ハイムが同行してるみたいだし、ステージには出てない両親の後ろ盾がすごく大きいと思うんですよ。余計なことに惑わされず音楽やステージに集中できる環境をしっかり作ってるようです。レコードのジャケットや iTunes Store のクレジットをよく見てください。Haim Productions Inc. って書かれてるでしょう。メジャーデビューしたばかりの新人バンドなのにちゃんと法人設立して権利、契約、お金の出入り管理してるんです。もちろん社長はパパ・ハイムです。

ということで快進撃のハイム、シングル第3弾「Falling」がつい先日リリースされました。例によって iTunes Store でのダウンロード販売とアナログ・レコードだけで CD の発売はありません。YouTube でライヴ映像を追っかけしてるファンには前からお馴染みの曲なんですが、このシングルはこれまで以上にダンス・チューンなアレンジが施されているので、んー、ライヴのアレンジのほうが絶対いいと思うなー。

Sound of 2013 の受賞に合わせて BBC のスタジオで収録された映像があるので、こっちと聴き比べてみてください。ねー、こっちの方がずっといいと思わない?

このビデオ観てハイム三姉妹のほかに「このドラマー、すごくいいんじゃない?」って思った方、多いんじゃないでしょうか。ダッシュ・ハットン(Dash Hutton)君です。れっきとしたハイムのメンバーです。

聴いての通り、しっかりとした技術とセンスの持ち主です。曲全体の中でドラムが果すべき役割をよく承知してます。がんばってます。バンドとしてのハイムには欠かせない存在です。だけどジャケット写真にもプロモーション・ビデオにも出してもらえません。インタビューや取材にも呼ばれません。曲のクレジットにも名前が載ってません。つまりメンバーではあるけれどハイム・ファミリーの一員ではないのです。とってもつらい立場です。

ドラムは元々パパ・ハイムの担当でした。ダッシュ・ハットン君はパパ・ハイムの後釜としてドラム・チェアーに座ったのです。三姉妹とパパ・ハイムの厳しいチェックに耐え、彼はドラマーとして認められました。だけどハイム・ファミリーとしては認められていません。彼はハイム家の家族じゃないんです。

ダッシュ・ハットン君がファミリーの一員として認められる道はただひとつ、三姉妹の誰かと結婚する、これしかありません。がんばれ、ダッシュ・ハットン君。みんな応援してるぞ!

2013/01/26

きみの妄想力が試されるとき (NPR Music Tiny Desk Concert - テリ・ジェンダー・ベンダー)

Le Butcherettes: NPR Music Tiny Desk Concert

みなさんご存知の通り、芸能界というのは夢を売る商売です。夢を提供する側はいい種を蒔いて、あとはそれがでっかく膨らむのをじっと待つというのが理想のやり方です。夢を提供する側は基本、種だけ蒔けばいいんです。それを育てるのは夢を見る側、見たい側の仕事です。ここでポイントとなるのは、全部ありのまま曝け出したりしないことです。見えない部分、わからない部分をしっかり残すということです。見えない部分、わからない部分が肥やしとなって、妄想が大きく育つからです。

ただしこのようなやり方が通用したのは前世紀までで、最近は通用しなくなってきました。インターネットが一般に普及し、普通の人が安価に入手できる情報量が飛躍的に増えたためです。昔、妄想を膨らませていた人たちが何でそんなことをしていたのかといえば、情報に対する飢えを満たすにはそれしか方法がなかったからです。別にやりたくてやっていたわけじゃないんです。簡単に情報が手に入れば、それに越したことはありません。

ということで、夢を売る商売が困難な時代となってきました。ちょっと情報を抑えて妄想が育つのを待ちたいと思っていても、競合する相手がどんどん情報を出したらそれに追随せざるを得ないからです。こうして情報が供給過剰となり、相対的に人々の妄想力が低下するインフレ状態が発生するに至ったのです。

芸能人のステージ、あれは一見たくさん色々なものを見せているような印象を受けますが、実体は違います。仰々しいステージセット、燦びやかな衣装や照明、大音響などを駆使して実体を曖昧に見えにくく、聴こえにくくしているのがステージというものです。

今回ご紹介する NPR Music の Tiny Desk Concert は、この妄想力インフレ時代の最右翼ともいえるコンサートです。コンサートの舞台となるのは NPR Music の事務所です。真っ昼間、事務所の机の脇に立ってアーティストが演奏するんです。特別な音響装置や照明など、何もありません。アーティストが使えるのは原則アコースティック・ギターなどのアンプラグドな楽器だけ、歌はマイク使わなくても聴こえる広さしかないのでマイクも使いません。あるのはビデオカメラでの撮影に支障が出ない程度の照明と録音用のマイクだけです。

アーティストの歌声と演奏、それだけのコンサートです。つまり、きみの妄想力が試されるのがこの Tiny Desk Concert です。

ボウズニアン・レインボウズ(Bosnian Rainbows)での活躍で、日本でも最近になって話題急上昇のテリ・ジェンダー・ベンダー(Teri Gender Bender)も昨年この Tiny Desk Concert に出演しました。

いつもの古風なワンピース姿ですが、コンサートの趣旨に合わせて(?)ほとんどすっぴんで登場します。冒頭、ギターの音を聴くとチューニングが甘く弾き方も何だか素人の女の子みたいです。しかし歌い出した瞬間に表情が変わり、世界が一変します。彼女もまた「Army of One」なんです。

12月のボウズニアン・レインボウズのライブを観た人たちの間で話題になった「照れるテリ」がここでも見られます。何かに取り憑かれたような表情が曲が終わった瞬間に崩れ「いやっ、ども、グラシャス、お恥ずかしい」って感じで一々マジで照れるんです。テリ・ジェンダー・ベンダー、すっげえかあいい!

Tiny Desk Concert はほかにも色んなアーティストが出演していて、探すとびっくりするような人が見つかります。もうひとつのお勧めはブッカー・T・ジョーンズ(Booker T. Jones)のハモンド教室

2013/01/25

ボウズニアン・レインボウズ(Bosnian Rainbows)のデビュー・シングル「Torn Maps」リリース!

Bosnian Rainbows - Torn Maps

オマー・ロドリゲス・ロペス(Omar Rodríguez-López)率いるニュー・バンド、ボウズニアン・レインボウズ(Bosnian Rainbows)のデビュー・シングル「Torn Maps」がリリースされました。ただしダウンロード販売のみ、Bandcamp で販売しています。値段は「1ドル+このバンドに期待するあなたの気持ち」です。ファイルのフォーマットは MP3 のほかにも AAC、Ogg Vorbis、ALAC、FLAC と各種取り揃えてございます。

昨年12月に東京と大阪でおこなわれたライヴは観客はあまり多く集まらなかったみたいですが、観に行った人たちの間では「オマー、ノリノリ、見違えるよう」「あのヴォーカルの女の子すごい、一体何者?」と大評判になってます。

奇しくもボウズニアン・レインボウズのシングル発表と前後して、セドリック(Cedric Bixler-Zavala)がマーズ・ヴォルタ(The Mars Volta)からの脱退を Twitter 上で表明、ファンが悲鳴を上げることになりました。

セドリックの発言は傍から見ると、マーズ・ヴォルタの活動再開のためオマーが戻ってくるのを待ってたのに、待ち惚けくらってブチ切れたって感じです。この件に関してオマー側からの声明は現時点でまだありませんが、昨年10月におこなわれたオマーのインタビューを読むと、今の彼が求めているのは「今までとはまったく違うバンドのカタチ」なんだというのがよくわかります。

テリには間違いなく彼女自身のオリジナリティがあり、優れた曲を作る才能がある。ぼくがやりたかったのはそうした才能を一つのバンドに結集させることなんだ。メンバーの全員、誰もが作曲し、曲作りに貢献するバンドだよ。誰もが作曲できて、誰もがプロデュースできて、誰もがエンジニアとしての技術も持っていることが基本。レコーディングの流れも知っていて、スタジオやプロダクションに関する知識も必要になる。ぼくがボウズニアン・レインボウズにこの3人を選んだ理由はそれだよ。3人ともバンド・リーダーとしてやってきた経験があるからね。

ぼくはディアントニに言ったんだ「なあ、一緒にやらないか。自分の好きなようにやっていいからさ。ただシンバルは必要ないんだ」って。普通のドラマーならビビるところだけど、ディアントニはぼくに向かってこう返事したんだ。「シンバル無しで俺にタムだけ叩けってこと?でも俺、もうタムも叩きたくないんだ。」って。シンバルもタムも無し、ぼくはそりゃいいねって答えた。ほとんどの人は知らないことだけど、ディアントニは世界最高のドラマーであるだけじゃなく、実は素晴しいキーボード・プレイヤーであり、コンポーザーでもあるんだ。ぼくは彼にメロディを弾いてもらいたかったんだ。すると彼の方から「俺がタムや打楽器的なパートをメロディと一緒にキーボードで弾くってのはどうかな?」って提案してきたんだ。自分ひとりで考えていたんじゃ思いつかないような素晴しいアイディアが、こうやってグループでやってるときには生まれるもんなんだよ。

ぼくらは絶えることのないイマジネーションを生み出す力を生まれながらに持ち備えているんだけど、それを常に生かすよう努力し続けなくちゃならないんだ。だって近い将来その想像力を奪われ、個性のないインターネット・スターバックス文化に征服されてしまうかもしれない、ぼくらはそんな時代に生きてるんだからさ。

Omar Rodriguez Lopez Group Feat. Teri Gender Bender: London - Live Review

上記発言のディアントニ(Deantoni Parks)に関するくだり、何を言ってるのかわからない人はビデオをご覧ください。ディアントニはボウズニアン・レインボウズでドラムを叩きながらキーボードを弾いてるんです。

マーズ・ヴォルタのファンには申し訳ないけど、オラは今ボウズニアン・レインボウズが聴きたい! アルバムの発売はまだしばらく先になるみたいだけど。

2013/01/14

おばさんを甘く見るとウィッカーマンで焼かれるぞ The Vermilion Border - ヴィヴ・アルバーティン (Viv Albertine)

Viv is leaving a middle class row of houses in Camden

ヴィヴ・アルバーティン(Viv Albertine)という名前、知ってる人はそんなに多くないと思います。1970年代後半、アリ・アップ(Ari Up)、テッサ・ポリット(Tessa Pollitt)らと共にスリッツ(The Slits)を結成した元祖パンクのひとりで、クラッシュ(The Clash)の曲「Train in Vain」に歌われた伝説の女性でもあります。彼女はスリッツ解散後どうしていたかというと、音楽の世界とは完全に縁を切り、普通に働いて結婚して子どもを育てていました。

その伝説のヴィヴが突如子連れで音楽の世界に復帰したのは2010年のことです。その後 PledgeMusicでアルバム制作の資金集めを開始してレコーディングをしていたのですが、昨年末ついにそのアルバム「The Vermilion Border」が発売になりました。

ヴィヴ・アルバーティン、57歳にしてついに復活、ソロ・デビューです。

キッチン・テーブルの椅子に座って、初歩的なギターの練習から始めたの。25年間まったくギターに触れていなかったからもう弾けなくなっていたのよ。ギターのコードとかスケールにはこだわらないの。頭の中に浮かんだように弾くだけ。初めてギターを手にしたときの気持ちが蘇ったわ。あのときと同じ、自分ひとりで始めたのよ。

カムバックしようって気持ちになった理由のひとつはインターネットなの。ネットがあれば、レコード会社や組織に頼らなくても自分の音楽が聴いてもらえるんだって分かったからよ。ああ神様、素敵!

もしわたしが昔ながらのやり方でカムバックしようとしたら「きみはもう若くないんだよ。おまけにブランクが長過ぎた。卓越した演奏技術や美しい声を持ってるわけじゃないしね」なんて言われるに決まってる。昔、わたしがプレイし始めたときにも同じように言われたわ。同じことをまた聞かされるなんてたくさん。だから昔と同じようにそういう連中の話は無視することにしたの。もしまた同じことを言われても前の経験があるから、自分があきらめずに情熱を注ぎ続けさえすれば、連中が言うようなことには絶対にならないって確信があったしね。

もうミュージシャンは誰ともつき合いがなかったから、昔と同じように仲間を探したの。その人を見て、その演奏を聴いて、気に入ったら直接その人にレコーディングに参加してほしいって頼むのよ。直感を信じて自分が何かを感じた人を選ぶと、それは驚くほどうまくいくのよ。ホント、昔経験したことをまた見てるみたいに感じた。

30年も後になってスリッツの重要さが評価されるようになったときはびっくりしたわ。もちろんそれはわたしたちがやったことなんだけど、決して人に評価されることはないんだってあきらめていたから。スリッツをやっていた当時、わたしたちは自分たちがやっているのはすごく重要なことなんだって分かってた。自分たちはとんでもなく画期的なことをやってるんだって信じてた。だけどやがて「こんちくしょう、誰もわかってくれないんだ!」って思うようになってしまったのよ。

スリッツをやめてからはすっかりあきらめて、誰にもそのことを話さなくなったの。自分がスリッツの一員だったなんて誰にも話さなかったわ。そうすると誰もわたしに興味を示さなくなってまるで透明人間になったみたいで、逆にそれがおもしろかったけどね。みんなわたしをただの中年のおばさんとしか見てなかった。

わたし、一度はスリッツのヴィヴを葬ったのよ。決して再び地上に姿を現さないように。だけどそれが4年前に大爆発を引き起こしたの。もしわたしがこの20年間、自分の反抗的な面を無理に抑え込んだりしていなかったら、子どもを育てるためにつらい仕事をムキになってまでやっていなかったら、娘に自分のイカレた面を見せまいと偽っていなかったら、そうしたものみんな無理に我慢していなかったら、離婚をするほどの大爆発をしてまで自分を主張する必要はなかったはずなの。葛藤の末に自分を否定していたのよ。でもそんなことをしたっていつまでも続くはずがない。わたしはスリッツのヴィヴを自分自身で(ないがし)ろにしていたの。

「きみは伝説の人だから」なんて言う人もいるけど、そんなのわたしの日常生活には何の意味もない。だってわたしは大量のファンがいるわけでなければ、大金を稼げるわけでもないし。何もアドヴァンテージなんてないのよ。若い新人アーティストと何も変わりない。実際みんなと同じようにレコードからは何の実入りもないしね。

わたしは安心して暮らせる家庭生活というものを捨ててしまったの。17歳の小娘がよくやるみたいにね。年をとって、子どももいる身になってまた未知の世界への境界線を踏み越えた。透明人間みたいな生活から創造性に満ちた世界への境界線を踏み越えたのよ。たとえレコードがたくさんの人に評価されなくたってかまわない。自分がやるべきことをやったという確信を得るために、どうしても必要なことだったのよ。レコードのジャケット写真はカムデンの中流階級の住宅街を出ていくところを撮ったものなの(笑)。

Viv Albertine interview "I buried Viv from The Slits, I absolutely squashed her"

ヴィヴは決まったメンバーのバンドは持ってなくて、ライヴはほどんど弾き語りでやってるんですが、アルバムには豪華なゲストが参加しています。昔スリッツで一緒に活動していたブルース・スミスやデニス・ボーヴェルを始め、ミック・ジョーンズ(The Clash)、グレン・マトロック(The Sex Pistols)、ティナ・ウェイマス(Talking Heads)、若いところでは Warpaint のジェニー・リー・リンドバーグなんかも弾いています。ジャー・ウォブルやチャールズ・ヘイワードがプレイしたトラックに至っては、アルバムに採用されずボツになっています。

ちょっと待て、「何もアドヴァンテージがない」どころか、昔のコネ、バリバリじゃんと言いたいところですが、ティナ・ウェイマスなんかは本当にそれまで一度も会ったこがなく、Facebook を通じて連絡を取ったのだとアルバムのライナーに書いてありました。

あと極めつけがジャック・ブルース(Jack Bruce)です。どのジャック・ブルースかというと、もちろんクリームのジャック・ブルースです。彼が参加してベースを弾いてるんです。当然ジャックはスリッツなんて聴いたことがなく、ヴィヴの名前なんて知るはずありません。どうやってアプローチしたのか分かりませんが、とにかくジャックはベースを持ってスタジオに来てくれたそうです。

以下ジャックとヴィヴの会話。スタジオに着いたジャックがじゃあまず何をしたらいいのかと尋ねると、ヴィヴはすぐにスタジオで曲を演奏してくださいと言います。

ジャック: えっ、デモも聴かずに?
ヴィヴ: わたしたちも今、曲をおぼえたばかりなんで
ジャック: うわぁ、昔みたいなやり方だね
ヴィヴ: 昔の人間なんで
ジャック: オッケー、わかった
ジャック: 曲のキーは何?
ヴィヴ: わかんないんです
ジャック: どのキーでプレイしてもいいってこと?
ヴィヴ: ええ、好きなキーで弾いてください
ジャック: オッケー、わかった

Viv records with Jack Bruce! 13:37 03 November, 2011

こうしてできたのがヴィヴのアルバム「The Vermilioin Border」です。ヴィヴが囁くように歌い、ギターを弾いています。スリッツとは似ても似つかないサウンドですが、ギターの音色は間違えようもない、あのヴィヴのギターです。それにスリッツが持っていたあのわけのわからない呪術的な雰囲気、ウィッカーマンの島に住む女の子たちのような雰囲気はヴィヴのギターが醸し出していたものだと、今になってよくわかります。テーマは21世紀にふさわしく、ずばり「愛とセックス」です。多くの曲はそのままラジオでかけられません。

自主制作のアルバムですし、ヴィヴはどう見てもプロモーションをうまくできるタイプではありませんから、このアルバムが大量に売れるなんてことはあり得ないでしょう。でもこういうのは後からジワジワ効いてくるんです。スリッツだってヴィヴが言ってる通り、当時は大して売れなかったんです。

あと世のダンナさんたちは、奥さんが突然ギターを弾き始めたりしたら CD の棚にヴィヴのアルバムがないか、よおく注意したほうがいい。

2013/01/09

寄付活動に対するヴィニ・ライリー本人からのコメント

XFM Session 2006

先週からヴィニ・ライリーへの寄付活動に関して書いてますが、昨日 BBC がこの件で直接ヴィニにインタビューした記事が公開されたので、締めくくりとしてヴィニの発言部分を抜粋してご紹介します。

甥っ子のひとりが何とかしなくちゃと思ってやったんだと思うよ。何しろぼくは病気のせいでひとりじゃ何もできない状態だったから。

いろんな人がぼくを助けるためにお金を寄付してるって知ったときは、何だかすごくいたたまれないみじめな気持ちになったよ。だって、今まで人にお金を借りなきゃならない状況になったことなんてなかったからさ。お金はぼくがまるで知らない人たちから送られてきものだった。きっとぼくの音楽のファンたちだね。

だけどこういうやり方は特権の濫用だと思う。ぼくと同じような境遇にいる人はいくらでもいるけど、彼らは誰からも援助してもらえないんだよ。自分が何かやったことの対価でない限り、人からおいそれとお金を受け取る気持にはなれないんだ。寄付してくれた人たちに対して、何か特別なアルバムを作って送るべきなんじゃないかと思ってる。寄付してくれた人にはそれを受け取る権利があるよ。

正直どうしたらいいか分からない。ぼくがお金に困った原因は、障害者と認定されるまでに18ヶ月もかかったからなんだ。その間、一銭の収入もなかったんだよ。認定を受けるために提出する書類は、30ページもあってものすごく大変な仕事だった。ぼくは字を書くのもやっとで、ペンすらちゃんと持てないんだから。

審査の手続きもひどく厳しいものだった。ぼくが障害者のふりをしているだけなんじゃないかと、何度もしつこく調べるんだ。障害者のふりをしてるんだったらどんなにいいだろう、そう思ったよ。

今回の出来事で、却ってぼくの方が人々のために何かしてあげたいという気持になったんだ。そのことの方がお金よりもずっとぼくにとって意味がある。広告もなければ、プロモーションもない、ただ音楽があるだけ。それだけなのに、ぼくを助けてくれる素晴しい人たちがいたるところにたくさんいる。そのことがぼくにとってこの上なく大切なものなんだ。

今のぼくは、8歳の子どもが初めてギターを練習したときみたいなありさまなんだよ。苛立たしくてたまらない。ぼくの頭の中では音が鳴っててそれをどう演奏すればいいのか、すべて分かってるんだ。だけどそれは頭の中だけのことで、実際に弾くことができないんだ。

Durutti Column guitarist Vini Reilly 'embarrassed' by appeal

(2014/11/09追記) 一時、音楽活動の再開は絶望的と見られていたヴィニですが、徐々に活動を再開しつつあります。2014年現在の状況については「「私たちは今もトニー・ウィルソンの子供たちなんです」ドゥルッティ・コラム Chronicle XL」を読んでください。

2013/01/05

「ヴィニ・ライリーの病状と彼への寄付について」の続報

The Durutti Column
The Durutti Column, a photo by djenvert on Flickr.

ヴィニ・ライリーの病状と彼への寄付について」の続報です。

ヴィニ・ライリー(Vini Reilly)の甥マット・ライリー(Matt Reilly)さんから寄付活動の終了と感謝の意を述べたメッセージが Facebookドゥルッティ・コラムの公式サイトに投稿されました。

まず最初に、ヴィニへの暖かいメッセージ、提案、寄付などをくださったみなさんに心からお礼を申し上げます。

世界中の音楽ファンから寄せられた金額について先ほどヴィニに伝えたところ、大変感激し喜んでいました。また彼は、家賃などたまっていた支払いを(まかな)うのに充分な金額が既に集まっているので、みんなへの感謝と共にもうこれ以上の寄付は必要ない、そう伝えてほしいと言っていました。また彼は、三回の脳梗塞発作を起こしてから、身体障害者と認定され手当の支給対象となる期間までに発生した家賃の支払いができなかったのだと説明していました。たまった家賃が支払えないためいつ追い出されるかもしれないと、彼はずっと頭を悩ませていたのです。ぼくがしょっていいた大きな荷物をみんなが肩代りしてくれたみたいな気分だ、そう彼は言っていました。今まで誰ももたらすことのできなかった最高の新年のスタートをぼくに与えてくれた、みんなのことを心から愛している、そう伝えてほしいと彼は言っていました。

彼は身体の健康と再びギターを弾くための力を手に取り戻そうと、困難に立ち向かう決心をしています。もちろんそれは容易なことではありませんが、みなさんが明るい光をもたらしてくれたのです。私の叔父に対するみなさんの力添えに深く感謝します。

2013年がみなさんにとって良い年でありますように。

マット・ライリー

https://www.facebook.com/groups/58125881422/permalink/10151161534121423/

この件は昨日から The Quietus など音楽サイトだけでなく、BBCGuardiain など一般ニュース・サイトでも報じられています。BBC のニュースによると3,000英ポンドの寄付が集まったそうです。

当面の危機は脱したようなので、今後のヴィニ復活を応援したい人は CD や iTunes などでぜひドゥルッティ・コラム(The Durutti Colunn)の作品を買ってあげてください。

ドゥルッティ・コラムのアルバムは制作とリリースの時期がズレてるものが多くてちょっとややこしいのですが、現時点で最新のスタジオ・アルバムは「A Paean to Wilson (2010)」です。

次のビデオは脳梗塞で倒れる前の2010年1月、BBC 2 の The Review Show という番組に出演したときの模様で、同アルバムの曲「Duet with Piano」をスタジオで演奏しています。ピアノを弾いている女性が Poppy Morgan です。

(2013/01/09 追記) BBC の取材を受けて、ヴィニ本人がこの件に関して語っています。

2013/01/03

ヴィニ・ライリーの病状と彼への寄付について

Vini Reilly
Vini Reilly, a photo by Eifion on Flickr.

ドルッティ・コラム(The Durutti Column)のヴィニ・ライリー(Vini Reilly)が金銭的な危機に瀕しており、彼を助けるための寄付を募る記事が昨日Facebook に投稿され、日本の Facebook や Twitter なんかでもちらほら話題になっています。

ホントはあまり気がすすまないんですが、以前書いた「ヴィニ・ライリーと貧困問題」がシャレにならなくなってきてるのにも関わらず、ヴィニの情報を求めて検索エンジンから飛んでくる人がたくさんいるみたいなので、彼の近況についてネットを通じて私が把握している限りのことを書くことにします。

ヴィニの甥にあたる Matt Reilly さんが昨日 Facebook に投稿したのは以下の内容です。

ヴィニへの援助を...

以前もこの(Facebook)ページに書いた通り、私の叔父、ザ・ドルッティ・コラムのヴィニ・ライリーは金銭的な危機に瀕しており、家賃や食料、電気代など基本的な生活費の支払いにさえ苦労しています。親切にもヴィニに寄付をしてくれる人たちのためにいい方法がないか、私たちは探してきました。

ヴィニはインターネットにアクセスする手段を持っていないため、寄付は一旦私の PayPal アカウントに入金してもらい、それを私があらためて彼の銀行口座に振り込むというのがその方法です。最初は Paypal の「寄付(Donation)」ボタンを設置するのが良いのではないかと思ってジョン・クーパー(John Cooper)に調べてもらったのですが、たとえ個人による寄付であっても Paypal の手数料が発生することが分かりました。結局、私の Paypal アカウントに私のメールアドレス mattreilly@hotmail.co.uk を使って振り込んでもらい、個人間の送金としてお金を受け取るのが(余計な手数料が発生しない)最善の方法だと判断しました。

銀行口座やクレジットカードを使って振り込んでもらった場合、振り込み手数料がかかってしまうので、それよりは良い方法だと思います。しかしそれでもみなさんからいただいた金額の5パーセントほどを手数料として Paypal に支払わなければならないようです。

この方法を理解し、寄付をしていただける方は PayPal のリンクをクリックしてください。

寄付に対しては金額の多寡を問わず、心から感謝いたします。

https://www.facebook.com/groups/58125881422/permalink/10151156944541423/

ここで念の為注意、上記訳文からはあえて PayPal 送金ページへのリンクをはずしてあります。寄付をしたいという人は必ず Facebook の原文を確認した上で、自分自身の責任において行ってください。

さて、これだけじゃヴィニ・ライリーがなぜそんなにお金に困っているのか分からない人が大半だと思います。2010年の9月、彼は脳梗塞の発作に襲われ、その後遺症により左手が自由に動かなくなってしまったのです。そのときの様子は2012年2月のインタビューでヴィニ自身が語っています。

その日の朝目覚めると、彼は自分の身体の異変に気付きました。言葉がちゃんと話せなくなっていたのです。彼はすぐに NHS(National Health Service) の担当医師に電話しました。電話でヴィニの様子を知った医師は脳梗塞に間違いないと判断します。救急車を手配する一方でヴィニに「一階へ下りて玄関を開けられるか?」と尋ねました。ヴィニが這ったままどうにか玄関へ辿り着いたときには既に救急隊員が到着していました。救急車の中でヴィニは二度目の発作に襲われたのですが、医師が的確な指示を出していたたため一命を取り留めることができたのです。診断の結果、心臓や肺には影響がなく、動脈血栓も見つからなかったのですが、神経の損傷によりヴィニは左手が自由に動かせなくなっていました。

もうギターを弾いたり歌ったりはできないかもしれないと聞かされたときは絶望的な気分になったよ。それまでは自殺する人間になんて共感できなかった。残された人にとてつもない苦しみを残すだけだからね。だけどそのときは、もう死んでしまいたいって思ったよ。ぼくは音楽のために生きてきたんだ。ぼくの生きる意味は音楽にあるんだ。なのにそれがもう終わってしまったように思えたんだ。

左手はまったく感覚がなかった。ギターの弦にさわっても分からないほどだった。リハビリの一環としてずっとギターは弾き続けていたんだけど、しばらくしても感覚は戻らなかった。

その上声もうまく発せなくなってしまった。ときに話すことさえ困難になってイライラすることもあるんだ。傍から見れば何か変だなってすぐに気付くくらいなんだよ。

ぼくは今、身体障害者に分類される身だけど、たくさんの人たちがそばにいてくれて、ぼくを金銭的、肉体的な面で助けてくれている。同じ病気で苦しむほかの人たちと同様、日が経つに連れて現状を受け入れられるようになってきたんだ。今はもう死にたいなんて思っちゃいないよ。

もうヴィニは以前と同じようにはギターを弾くことができません。それでも周囲の人たちや友人に支えられてニューアルバム「Chronicle」を完成させ、2011年の4月にはアルバムのプレ・リリース・ギグをマンチェスターとヨークで開催するまでに回復しました。このときのライヴの様子が YouTube にアップされているのですが、自分のイメージ通りの演奏ができないヴィニの苛立ちが伝わってくるようで、なかなか見ていて辛いものがあります。

ドゥルッティ・コラムとしての公式ステージは現時点ではこれが最後なのですが、ほかにもリハビリの一環として友人のカバー・バンドにも参加していて、2012年1月にパブで「Jumpin' Jack Flash」を演奏している姿が YouTube にアップされています。これを見る限りはずいぶん回復してきているように見えます。

このカバー・バンドでの活動はぼくにとってきわめて大切なリハビリ活動なんだ。希望を失いかけてたのをこのバンドが救ってくれたんだよ。ぼくの希望の(ともしび)なんだ。ひとりで演奏して歌うんじゃなく、バンドのメンバーとして演奏する楽しさを思い出させてくれたんだ。すばらしいバンドの一員として活動すること、それがすごく重要なんだよ。

ただしその後も病状は一進一退を繰り返しているようで、2012年の春には三度目の発作に襲われ、再びギターを弾けない状態に陥ったという報せが入っています。

ヴィニがこのような状態にあるため、Twitter の Durutti Column アカウントFacebook のファンページは彼の甥にあたる Matt Reilly さんが運営しています。冒頭の内容はヴィニの窮状を少しでも改善したいと思った彼が投稿したものです。

PayPal の個人間での送金には(おそらくマネー・ロンダリングを防止するための各国の法律がからみ)色々制約があるのですが、試してみたところ「日本→イギリス」の送金は問題なくできるようです。ただこのやり方はあまり良いとは思えないなあ。

当然寄付でヴィニの生活をずっと賄っていくことなんてできません。また PayPal で寄付(Donation)扱いにすることで発生する手数料を回避するために個人間の送金という手段を取っているんですが、これがトラブルの元になる可能性もあります。特定個人に一時的な送金が集中すれば、運営してる PayPal は当然調べるはずです。そこでアカウントが凍結されたりすると、せっかくの厚意を無駄にしてしまうことにもなりかねません。さらに寄付を騙ったネット上の詐欺というのはたくさんありますから、そういうものに利用されないとも限りません。ヴィニの音楽活動を支援するなら、時間や手数料がかかったとしても、もうちょっとちゃんとした形にすべきだと思います。

ということで、今すぐヴィニに支援をしたいという人はこうしたリスクを承知の上、自らの判断と責任の元で行ってください。PayPal にアカウントを持ってない人は無理しないで CD やダウンロード販売でドゥルッティ・コラムの曲を買った方が良いと思います。その方がヴィニ自身の発奮材料にもなると思うし。

それから、まだはっきりとした日程は発表されていませんが、ドゥルッティ・コラムのニューアルバム「Chronicle」はもうすぐ発売にされるそうです

(2013/01/05追記) 「ヴィニ・ライリーの病状と彼への寄付について」の続報があります。