2014/09/04

あなたたち、今までどこに隠れてたの?(Before The Dawn - ケイト・ブッシュ)

a sky of honey, a photo by Sheldon Wood on Flickr.

かつてポップコンサートにおいて、これほど好意的で、爆発のような轟音の喝采を受けた者があっただろうか。その大歓声に彼女が何と応えたのかよく聞き取れなかったが、おどけてこう言ったのだけは、はっきり聞こえた。
「あなたたち、今までどこに隠れてたの?」

An Ultrahuman: Kate Bush Reviewed Live, By Simon Price

こんなのを読んだだけで「ど、ど、どの口が言うかぁ!」とその場で号泣し始めてしまう長年のファンが後を絶ちません。ケイト・ブッシュ、35年ぶりのフルコンサートが8月26日、ロンドンのハマースミス・アポロ(旧ハマースミス・オデオン)で開幕になりました。一部ニュース・サイトなどでツアーと表現されていますが、正確に言えばツアーではありません。劇場は同じアポロ1ヶ所だけの連続公演です。10月1日まで、1ヶ月あまりの短期間に22回の公演が予定されています。チケットは発売から30分と経たないうちにすべて売り切れてしまいました。

いやね、ロンドンまで観に行くことができなかったんで、初日の成功がTwitter やニュースで報じられるまで、もう心配で心配でならなかったんですよ。だって、前にちゃんとしたコンサートをやったのって1979年だよ、ケイトがデビューして間もない二十歳のときだよ。そのときだってまともなステージ経験もないのに、いきなりイギリス、ヨーロッパで29回のコンサートをやってみんなをびっくりさせたんだけどさ。それが最後、あとはテレビショーで歌ったり、他のアーティストのコンサートにゲストとして出演したりというのが何度かあっただけ。ライヴ活動をまったくしてなかったの。しかもここ20年くらいはニューアルバム出してもキャンペーンで人前に出ることすらほとんどなかったんだから。

ケイトは今、56歳です。同世代のヴィヴ・アルバーティンみたいな例もあることだし、この歳になってステージ・カムバックというのも2014年的には有りでしょう。だけどさ、それならそれで普通は小規模なライブやテレビ出演で肩慣らししてから始めるよね。いきなり3時間におよぶステージを短期間に22回連続でやるなんて馬鹿なこと、誰も言い出したりしないよね。

35年前の自分の経験なんて、赤の他人の経験とさほど変わりありません。そんな長丁場で声は持つんだろうか、体力は持つんだろうか。それより何より、今の自分にステージで人を魅了する力なんてあるんだろうか。みんなをがっかりさせてしまうんじゃないだろうか。長年のブランクで雪だるま式に膨れ上がったファンたちの妄想を受け止める力なんてあるんだろうか。いかなる大スターであっても尻込みせずにいられない状況です。

でもファンならみんな知ってます。ケイトに常識は通用しません。今までもずっとそうだったし、これからも間違いなくそうです。世の中の状況とか流行とか、35年経ってるとか、他人はどうやるとか、常識的にどうだとかそんなの全部ケイトの前では意味を成しません。本人に尋ねたらきっと「あら、そんなに変かしら」ぐらい言うに決まってます。

公演日程も序盤を過ぎました。あとは事故なくすべての公演を終え、観に行くことのできなかった世界中のファンのために、コンサートのビデオが発売されることを祈るのみです。

コンサートの内容についてはtangerineさんという方が初日の様子を詳しくレポートしてくれてるので、以下をご覧ください。

あとね、Twitterなどで「なんだ、初期の曲はやらなかったのかあ」みたいなのをよく見かけますが、ケイト・ブッシュは「今なお前進し続ける常識はずれのアーティスト」です。ケイトは「今が」全盛期です。まだ聴いてない方は最近の三作「Aerial」、「Director's Cut」、「50 Words for Snow」を聴くことを強くお勧めします。

コンサートの1曲目は「Lily」です。アルバム「The Red Shoes」のバージョンしか知らない人も多いと思いますが、近作「Director's Cut」ではこのように変貌を遂げています。このテンションで始まるんだよ。びっくりするよ。

ケイト・ブッシュはなぜ何十年も沈黙し、これをもっと早くやらなかったのだろう。それは彼女が生きて過ごす時間こそがこのショーを実現するために必要だったからなのだと思う。

Tracey Thorn on Kate Bush at the Hammersmith Apollo: the ecstatic triumph of a life’s work