2014/07/19

ジョン・ライドンの自伝はゴースト・ライターが書いた?

John Lydon with Keith and Kent Zimmerman

タイトルはよくある釣りなのであわてないように。ジョン・ライドンの「No Irish, No Blacks, No Dogs(邦題: Still A Punk - ジョン・ライドン自伝)」、書いたのはジョン・ライドン本人じゃなく別の作家ですが、ゴーストじゃなくて表紙にちゃんと名前が書かれています(上の写真)。ジョン・ライドンや周囲の人たちに取材をしてあの本を書いたのはキース/ケント・ジマーマン兄弟です。

ある人物の生い立ちやらエピソードなど、事実を元に書かれた本のうち、別の第三者が書いたものは伝記(biography)、本人が書いたものが自伝(autobiography)と呼ばれています。だから上記ジョン・ライドンの本は分類上伝記であって、自伝ではありません。

原著のどこにもautobiographyなんて書かれていないのに、わざわざタイトルを「ジョン・ライドン自伝」に変更して、表紙からジマーマン兄弟の名前をはずしてしまったのは日本のロッキング・オン社です。責めたい人はロッキング・オンを責めてください。

少し前、日本でもゴースト・ライター騒動がいくつかありましたが、どうして書いた人の名前の隠すような商習慣があるんですかね?「この本おもしろい。この人が書いた本、ほかも読みたい!」ってなっても、隠してたらわからないじゃない。

一方でロッキング・オンが出した日本語版、翻訳はすごくいいんです。口語が生き生きと訳されています。勉強になります。オラなんか、英語翻訳の教材として今でもよく読み返してます。ところがですね、翻訳者の名前がどこにも書かれていないんです。ひどい。

で、長いこと誰が訳したのかわからなかったんですが、数年前、偶然Amazon のページを見て、竹林正子さんが翻訳したものと判明しました。Amazon は権利関係をデータベースで管理しなければならないため、著者、翻訳者などをちゃんと表示してるみたいです。

今の若い方は知らないでしょうが、昔のロッキング・オンは「俺たちはスターを崇めたりしない。主役はスターじゃなくて、聴き手の俺たちの方だ!」という雑誌だったんですよ。で、英語の歌詞で言ってることもろくに理解しないまま、スタッフが強引な解釈を書きまくってて、逆にそれがおもしろい雑誌だったんです。それがいつから「主役の俺たち」をスターの影に隠すような商売になってしまったかなあ。あ、どれくらい昔かというと、1970年代、ロッキング・オンの値段が280円だった頃の話です。

2014年7月現在、「STILL A PUNK―ジョン・ライドン自伝」は品切れになっていて再版の予定がないみたいなんですが、ロッキング・オンには、諸々の反省を踏まえ、初心に立ち返り、著者名、翻訳者名を正しく表記、さらに大幅にカットした内容を追加して、「No Irish, No Blacks, No Dogs (完全版)」を出版していただきたいと思います。

伝記、自伝の話をもうちょっと続けると、イギリス人ミュージシャンってよく自伝とかバイオグラフィー出しますよね。これ伝統なんだそうです。イギリスでは伝記がよく読まれていて、伝記を書く人の社会的な地位も確立されてるそうです。伝記がイギリスの長編小説に大きな影響を与えてきたそうです。丸谷才一さんがそう言ってるので間違いありません

ジョン・ライドンの本を書いたジマーマン兄弟はアメリカ人ですが、この本を書いたことで実力が認められて、ミュージシャンの伝記だけじゃなく、色々な本を書くようになったそうです。あ、アリス・クーパーの「Golf Monster」もこの二人が書いたものです。

あと何だったかな。そうだ、ジョン・ライドンはホンモノの自伝をこの10月に出します。今回はちゃんとautobiographyって言ってるので本人が書いてることは間違いありません。ただしひとりじゃ無理なので、Andrew Perryって音楽ジャーナリストとの共著になるって正直に言ってます。Amazon UKにはもう載ってます。タイトルは「Anger is an Energy: My Life Uncensored」。

(追記)
よく調べてみると、No Irish... 初版の表紙にはThe Autobiographyってサブタイトルが書かれていたことが判明。つまりジョン・ライドン自身も執筆してたんだね。ごめん、ロッキング・オン、「ジョン・ライドン自伝」で間違ってなかったのな。それから竹林正子さんの名前も奥付に書いてあった。許してください。ということで、この文章自体が単にロッキング・オンに難癖つけただけみたいになってしまいましたが、それでももちろん完全版は出すべきだぞ。

(関連記事)
ロッキングオンにはジョン・ライドンの自伝「No Irish, No Blacks, No Dogs」の完全版を出していただきたい
怒りはエネルギーだ - ジョン・ライドンの自伝第二弾「Anger is an Energy: My Life Uncensored」

Clothes, Clothes, Clothes. Music, Music, Music. Boys, Boys, Boys - ヴィヴ・アルバーティン自伝

Clothes, Clothes, Clothes. Music, Music, Music. Boys, Boys, Boys, a photo by themostinept on Flickr.

自伝なんて書いて出すのはバカか文無しに決まってる。ま、私はどっちにも当てはまるかもね。

ヴィヴ・アルバーティン(Viv Albertien)が50代後半になってソロで復活、デビュー・アルバムをリリースしたのは一昨年のことです。BBC 6 Music なんかけっこうプッシュしてたのですが、案の定、ごくごく一部を除いてほとんど話題になりませんでした。もちろんそんなことでメゲるヴィヴではありません。その後これといってライヴ活動もないままどうしていたかというと、ジョアナ・ホッグ監督の映画「Exhibition」で主演をつとめた後、自伝の執筆活動をしていました。執筆ったって書斎の机で書いてたわけじゃありませんよ、いつもの通り台所のテーブルで書いてたんです。

その自伝「Clothes, Clothes, Clothes. Music, Music, Music. Boys, Boys, Boys」は5月に出版されたのですが、これがイギリスでまさかの大ヒット、ヒースロー空港の書店のベストセラー・コーナーに陳列される事態にまで発展しています

ヴィヴのやっていたバンド、スリッツ(Slits)は、もちろん音楽ファンの間では元祖ガールズ・パンク・バンドとして有名ですけど、イギリスでさえ一般の人たちが誰でも知っているような存在ではありません。当然ほとんどの人は「ヴィヴ・アルバーティン?誰それ?」って感じのはずです。なのに自伝が大ヒットしたのはなぜなんでしょう?たぶんスリッツやヴィヴをまったく知らない世代にも共感できることが書かれているからなんだと思います。

本の内容ですが、ヴィヴの子供の頃から現在に至るまで、様々なことが「率直に」書かれています。何もそこまで書かなくても、ってことまで全部書いてあります。普通ここまであけすけに書いてしまうとスキャンダル狙いの売名行為とか言われかねないのですが、あまりにも堂々と率直にこれでもか、これでもかというくらい書かれているため、もはやそのような中傷のつけ入る余地すらありません。そうやってすべてを曝け出して生きるのがヴィヴ・アルバーティンという人間の生き方なんだ、って本です。

日本での出版予定はまだ無いので、ちょっとだけ中身をご紹介しましょう。貧乏な母子家庭にありながらも、ファッション大好き、音楽大好き、男の子大好きですくすくと育った少女ヴィヴは、アート系の大学に通いそこで(後にクラッシュを結成する)ミック・ジョーンズと出会い、セックス・ピストルズのライヴを観て、自分自身でステージに立つ決心をします。

音楽の道に進み、どこかバンドに入るために大学をやめる。次に私がしなくちゃならないのは、それをママに話すことだった。私はママと一緒にロンドンの31番路線バスに乗った(景色がすばらしくて、私はよく用もないのにカムデン・タウンからノッティング・ヒルまでこのバスに乗っていた)。二階の前の席に座ってとりとめのないおしゃべりをした。

私は両足の間にギターを挟んで座り、ピストルズやらクラッシュやら、私が出会ったバンドの色んな人たちの話をした。ママはうんうんってうなずいて笑っていた。ママは私がずっと音楽に夢中なことをを知ってたし、私が楽器を習ってることを自慢に思っていた。今が私の計画を話すチャンス、そう思った。私は情熱的を込めて訴えた。
「ママ、私、大学をやめてバンドをつくろうと思うの!」
それを聞いた途端、ママは泣き出した。

ママを連れてバスを降り、チッパンハムのパブに入った。ママにお金を借りてレモネード・シャンディをひとつ頼み、半分ずつ二つに分けてテーブルに運んだ。ママは私を大学に入れるため、懸命に働いていた。大学へ進学した子供は親戚の中でも私が初めてだった。私の本や洋服をを買うため、ママは昼間の仕事が終わった後、夕方からクリーニング店で働いていた。だから私はまわりに貧乏だと思われたことなんてなかった。ママはいつも私を信頼して、考えを尊重してくれた。それなのに私は学校をやめようとしている。まだギターだって弾けやしないのに、学歴を得るチャンスをみすみす手離そうとしている。

自分が一体何をしようとしているのか、それは充分わかってる。それをママに伝えなくちゃならなかった。
「ママ、私の着てるものを見てよ、誰もこんな格好してないでしょ。私、みんなとは違うのよ。ママは私がどれだけ音楽が好きか、よく知ってるよね。」
ママはうなずいて、力なく笑おうとした。

ヴィヴ・アルバーティン、結構、かなりしょーもない娘です。思い込んだらまっしぐら、の割に実力や準備が伴いません。世のお母さんたちは、思わず引っぱたきたくなってしまうかも知れません。あるいは自分の昔を思い出して赤面してしまうかもしれません。 それでも彼女は様々な紆余曲折、みっともないこと、恥しいことを散々やった挙句、スリッツにギタリストとして参加、クラッシュのホワイト・ライオット・ツアーに同行することになります。この時点でヴィヴにはまだほとんどステージでの演奏経験がありません。初めてのステージがいきなりツアーで、当時流行していた観客からの唾吐きの洗礼を受けます。

「ワン、ツー、スリー、フォー!」
曲は Shoplifting で始まった。ギターのチューニングがズレてたって、そんなの知らない。アリからときどき指摘されたけど、一体私にどうすれって言うのよ、ギターのチューニングなんてできないのよ。それでも演奏を続け、とにかく15分間のステージをやり切らなくちゃならない。

ステージの間中、唾の雨が嵐のように降り注いできた。私の髪は大量の唾だらけになった。目やギターのネックも唾で覆われた。滑ってギターのコードも押さえられない。アリを見たら、歌ってる彼女の口の中にも唾が入っていた。アリがそれを吐き出したのか飲み込んだのか、そんなこと知らない。自分の手が滑らないように注意してるだけで精一杯。

前列にいた観客がアリをステージから引き摺り降ろそうとした。すぐにみんな演奏をやめて、そいつらに襲いかかった。私はギターで殴った。パームオリヴもその連中をぼこぼこに殴った。警備員が来て、連中が顔から血を流したまま連れて行かれた後、私たちは演奏を再開した。

あっという間だった。楽器を床に叩きつけてステージを出た。ビールの缶が2、3個飛んできて、誰もいなくなったステージの上でガチャンと音を立てた。ミック・ジョーンズがステージの袖で待っていた。
「上出来だよ」
そう言って彼は私にキスをした。

どう?続きを読みたくなるでしょう。スリッツやパンクのこと、全然知らなくてもおもしろいよ。だけど英語で400ページ越えるぶ厚い本なんで、翻訳が出版される可能性はかなり低いんです。音楽ファンだけをターゲットに翻訳出したら絶対に赤字。もっと広く、パンクなんて知らないって人にも読んでもらえる本だと思うのだけど、今の日本の出版社にはそんな余裕ないかなあ。イギリスでは映画化の話が出てきてもおかしくないくらいの勢いなんですけどね。

それからヴィヴを支えてくれたママは、この本の出版記念イベントの当日に亡くなったそうです

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