Brian Eno - Discreet Music, a photo by isamizdat on Flickr. |
ブライアン・イーノ (Brian Eno) はアンビエント・ミュージック (Ambient Music) のゴッドファーザーと言われている人です。それどころか Eno is God なんて呼ぶ人もいるくらいですから、うかつなことは書けません。でも書きます。
アンビエント・ミュージックは一般に環境音楽と訳されています。イーノ のアンビエントもの、事実上の第1作 Discreet Music (目立たない音楽)がリリースされたのは1975年です。このレコードのライナーでイーノ自身は次のように述べています。
その年の1月、ぼくは事故にあった。大した怪我じゃなかったのだけど、ベッドに縛り付けられて動けない状態になった。友人のジュディ・ナイロンがお見舞いに、18世紀のハープ音楽のレコードを持って来てくれた。彼女が返った後、かなり手こずったあげく、やっとレコードをかけることができた。でも横になった後で、アンプのボリュームが小さすぎ、しかもステレオの片方のチャンネルが鳴っていないことに気が付いた。それを直す元気がなかったので、ほとんど聴こえないままでレコードをかけていた。で、そのときふと、これって新しい音楽の聴き方かも?とひらめいたんだ。このときの経験が、光の色や雨の音と同じように、環境の一部と化した音楽というものをぼくに教えてくれたんだ。ぼくがこの作品を、比較的小さめ音から、聴こえるか聴こないかぎりぎりの音量でかけるようにすすめるのは、そんな理由からだ。
これはどんなレコードかというと、A面は30分で1曲、B面は8分ぐらいのが3曲(発表当時は当然LPレコード)で、オーケストラ演奏を特殊なテープレコーダで加工した、どこから始まって、どこで終わるのかわからない音が延々続くというものです。B面1曲目は、たいていの人が聴き覚えのあるパッヘルベルのカノン(映画「普通の人々」のテーマにも使われていたやつ)なんですが、「あっ、あの曲だ」というフレーズが流れるのは最初の20秒くらいで、後はひたすらこの曲が溶けてゆく様が堪能できます。
当時この作品の評価は「退屈」、「眠くなる」というのが一般的で、今でもおおむね同じなのですが、そら、あなた、聴き方間違えてます。いわば風鈴の音と一緒ですから、積極的に聴くもんじゃありません。聴こえるか聴こえないかくらいのボリュームで鳴らしとけ、って本人も言ってるでしょ。「そういえば何かかかってたな」、「でもどんな曲だっけ?」というのが正しい聴き方です。
こうした音楽には風鈴と同じ程度の意味と機能があります。音楽が環境の一部であるということは、つまりそのほかの環境が変われば音楽の意味も変わるということでもあります。真夏の夕暮れに鳴る風鈴の音と、空き家の軒先で真冬に鳴っている風鈴じゃ、まるで意味とその効果が違うでしょ。そう、環境音楽には TPO があるんです。
電気風鈴職人としての自分に目覚めた イーノ さんは、その後、TPO を絞った音楽をいくつか作ります。「Music For Films」や「Music For Airports」などがそうです。
前者はその名の通り、映画用のサントラです。映画音楽ってのは昔からありますけど、映像、セリフ、効果音、客席の雑音、という映画「環境」と混然一体となることを、あらかじめ意識して作った音楽があってもいいんでないの、というアプローチですね。なおこの当時「イーノ に映画音楽を作ってもらおう」なんて人は誰もいなかったため、当時はまだこの世に存在しない映画のサウンドトラックでした。
Music For Airports は空港の待合室/ロビー用の音楽です。電気風鈴職人ですから、ただ何となく空港ってわけではありません。1995年の彼の日記 A YEAR によれば、次の点に注意が払われたそうです。
- 中断可能でなくてはならない(構内アナウンスがあるから)
- 人々の会話の周波数からはずれていること(コミュニケーションが混乱しないように)
- 会話パターンとは違う速度であること(同上)
- 空港の生み出すノイズと共存可能なこと
- 空港という場所と目的に関係して、死に備えられるような音楽であること
最後のやつがちょっとフツーじゃないです。うん、ぼくが死んでもそんな大したことじゃないんだと言えるようになるための音楽だそうです。彼、飛行機嫌いみたいです。このへん頑固職人の心意気を感じさせます。
この後、アンビエント・ミュージック(とその派生系音楽)を作り続けて20数年、やがて彼の音楽が本物の映画や空港で使われるようになって現在に至る、です。
で、アンビエント・ミュージックはそこそこ認知され、めでたしめでたしなのかっていうと、むしろこれからですね。だって、レコードやCDの時代はいくら曲を長くしても1時間くらいが限界だったのですが、今やコンピュータやネットワークを駆使すれば、いくらでも長い曲を作って流せるようになっています。イーノがアンビエント・ミュージックのプロトタイプを提示したのであれば、その普及はまだまだこれからです。さらには、電気風鈴の発展形、永遠に終わらない音楽ジェネラティブ・ミュージック (Generative Music) ってのが出て来ます。
などと知ったかぶりで書いていますが、すいません。私がイーノをちゃんと聴き始めたのは最近のことで、Discreet Music の CD を購入したのは、つい先週のことだったりします。もちろん正しい聴き方をした私は、前述のカノンの冒頭を除き、それらがどんな曲だったのか思い出すことができません。
(「ふつうの生活のサウンドトラック」へ続く)