2012/06/14

レコード業界の不振について素人が勝手に考える

Juke box
Juke box, a photo by evikk on Flickr.

その昔ロックスターというのは、何の元手もない若者が一躍大金持ちになる代表的な手段でした。もちろん今でもそういう例がなくはないのですが、レディー・ガガとか世界でもごくごく限られた一部の例に過ぎず、昔から元々高くなかった確率がさらに低くなっています。けっこう名の知られたバンドやミュージシャンでも、実は食うや食わずという例が多いようです。

原因は、最近流行りの言葉で言うコモディティ化ってやつでしょうね。今から35年前、国内盤レコード1枚の値段は2,500円でした。今の CD と値段変わりません。当時は高級品だったんです。当然たくさん売れると儲かりました。

それからレコードというのは大きくて場所を取ります。スペースに限りのあるレコード・ショップの店頭にはそんなにたくさん置いておけません。だからひとつのバンドやアーティストの全カタログがお店に揃ってることはなく、最近出た一部のレコードしかないというのが当たり前でした。比較的どのレコードも入手し易いのはビートルズくらいでした。店頭にあるレコードが少ないということはつまり、競争が今よりはるかに少なかったわけです。一旦売れセンのモードに入ると選択肢が少い分、加速し易かったのです。

CD が一般に普及したのは1980年代中頃からです。レコードに比べて小さいので、当然お店にたくさん置けます。CD の新譜がどんどんリリースされるのと並行して、レコード時代に廃盤になっていたものが再リリースされるようになりました。ちょっと大きな CD ショップへ行けば、主なアーティストの新譜、旧譜が全部揃ってるのは当たり前になりました。音楽好きは、それまで聴きたくてもなかなか手に入らなかったものが手軽に聴けるようになって喜んだものです。この時期、店頭に置かれるタイトル数はどんどん増えましたが、それに連れてみんながたくさん CD を買うようになったので、アーティストやレコード会社はとても潤ったのです。それが1990年代中頃まで続き、日本でもたくさんのプロのバンドやミュージシャンが生まれました。

でも人間誰でも一日は24時間、音楽を聴く時間は限られますから、出せば出すだけどんどん CD の売り上げが増えるわけではありません。ですからレコード会社の売り上げは当然頭打ちになります。

さらにここ10年ほどで iTunes Store など、音楽がデータとしてダウンロード販売されるようになってきました。この販売方法は店舗スペースを必要としませんから、販売タイトル数に物理的な制約はほぼありません。もう廃盤で入手できなくなることはありません。どんなマイナーなものであろうと、あらゆるアーティストの過去から現在までの作品すべてが(理論的には)揃います。1930年代にハイチの伝統音楽をフィールド・レコーディングした10枚組レコードみたいな、かつては日本で3人くらいしか買わなかったようなものが、誰でもいつでも簡単に入手できるようになりました。個人で入手できる音楽の選択肢が爆発的に増えたのです。

一方でデジタル録音技術も普及、低価格化したため、自宅で一人でアルバムを作ることさえ可能になりました。このため新しい作品をリリースするアーティストも爆発的に増えています。こうして競争は極限まで激化し、キャリアの長いアーティストなどは、ニューアルバムを売るために、過去の自分の作品と競争しなければならないハメにまでなっています。

多少アルバムや曲がヒットしたところで、アルバム販売だけではろくに食っていけない。あるいは今は大丈夫でも、来年はどうなるかわからないというのが現在の音楽アーティストの状況です。ひと頃、あるバンドのメンバーが別のアーティストと組んで作品をリリースするというコラボ物が流行しましたが、これは「作品ひとつ当りの収入が減ってるので、数出して勝負するしかあるまい」ってことなんだと思います。

ただコラボ物やリミックス物を連発したところで、聴く方はすぐに飽きてしまいます。ちゃんとした作品を作りたいアーティストはもちろん、そんな水で薄めるみたいなやり方はしたくないでしょう。そんな真面目なアーティストたちは今、どうやって食っていってるのかといえばライヴです。

ある程度知名度があるバンドなら、コンスタントにライヴ回数を重ねていくのが一番確実に収入が得られるのです。ここでよく取り上げる PiL なんかその良い例です。ジョン・ライドンはあまり分析的に物を考えるタイプの人ではありませんから、自分にできることを手探りで試していった結果、現在のライヴ中心のバンド運営体制になったのだと思います。

昔、羽振りが良かった頃のレコード会社はレコードや CD を売るために、様々な媒体に広告を出したり、ライヴツアーの資金を拠出したりしていました。ところが今のレコード会社にそんな余裕はありません。広告は最低限で、ごく一部のアーティストだけ。それどころか、アーティストに対する支払いが滞ってるなんて話もあちこちで聞かれる始末です。

PiL の場合、(たぶん過去のツアーやレコーディング費用の)借金がレコード会社に残っており、20年間新作を出せなければ、ツアーもできない座敷牢状態が続いていました。その状況を脱するため、2009年、ジョンはバターの CM で得た出演料を元手に、バンド・メンバーや会場を確保、イギリス国内で7回のライヴを開催、成功させました。

さらにそこで得た収益を元に本格的なツアーを開始、2010年から2011年にかけて合計61回のライヴで世界各地で開催しました。この結果、レコード会社に借金を返済して縁を切り、自前のレーベルからニューアルバムをリリースすることができたわけです。

この間、レコード会社から PiL に対しては、何のサポートもありませんでした。その代わり、ジョンはテレビ、ラジオ、ネット等あらゆるメディアの取材を積極的に受けて、自ら宣伝に奔走しました。2009年後半から2011年にかけて彼が受けたインタビューは、現在ネット上で確認できるものだけでも174本に及びます。結果的に、今やレコード会社の宣伝に一切頼らずとも世界的なツアーは可能で、充分な収益を上げられるということを証明してみせたわけです。

そしてレコーディングの費用まで確保して、この5月下旬、ついに20年ぶりのニューアルバム「This is PiL」をリリースしました。独立レーベル PiL Official にはバンドメンバー以外には数名しかスタッフがいないそうです。当然自前の配給網もありません。ですが、ディストリビューションは各国の配給会社と個々に契約することで、逆にコストをかけずに運営できます。ニューアルバムのリリースに当たってもやはり、ジョンは自ら宣伝に奔走しました。余分なお金はないため、広告を打つことができなかったためです。結果はイギリスのアルバム・チャートで見事に初登場35位を獲得、従来の形のレコード会社はもはや必要ではないということを、やはりここでも実証してみせたのです。

こうした音楽業界の状況について、実は1996年時点で既に経済学者のポール・クルーグマンが予見し「有名人経済」と名付けています

ということで、これからのバンド運営について話は続くんですが、本当は PiL じゃなくて Haim について書こうと思ったんですよ。話の枕が長くなっちゃったので、稿を改めて書くことにします。

(「そうだ、子どもたちと一緒にバンドをやればいいじゃないか!」へつづく)