2015/11/15

便所と夫婦と世界が抱える問題 (Double Trouble - Public Image Ltd)

いったい何をごちゃごちゃ言ってんだよ。何だって?トイレがまたぶっこわれた?ああ、前は俺が直したよ。また配管屋を頼めって言ったろ。何度でも頼めって...。

なんということでしょう。PiLのニューアルバムWhat the World Needs Now...はトラブルの歌で幕を開けます。その名もDouble Trouble、あろうことか便所の配管トラブル、ウンコ飛び散り夫婦喧嘩ソングです。

ここに至った経過を見ず知らずの第三者の立場から簡単にご説明いたします。ジョン・ライドンは元祖パンク、Do It Yourselfの人ですから何でも自分でやります。ご飯作ったり、義理の孫のためにPTAの会合に出席したりと家のこともマメでして、トイレの配管一式まで自分でやってしまいます。だもんで、妻のノラは別のトイレの調子が悪くなったときもまたジョンが直してくれると思ってそのままにして置いたらそれが大惨事に...という次第です。

甘い言葉などいらない
俺を安全な場所に押し込むな
やさしく抱きしめられてたまるか
俺が望むもの、それはトラブル、トラブル、トラブル

文句あるんんだろ、望むところだ
もっと怒れよ、すっきりしようぜ
白黒はっきりさせよう、それしかない

俺が望むものはトラブル、次から次へやってくるトラブル
俺にトラブルを与えてくれ

一応解説しておきますと、Double Troubleというのはシェイクスピア由来のフレーズです。マクベスに出てくる魔女たちがヒキガエルやトカゲ、毒草なんかを大きな鍋で煮込みながら歌う呪いの歌です。映画のハリー・ポッターにも出てきます。Double, Double, Toil and Trouble(次々とふりかかれ、苦難と厄災よ)って歌詞です。実際に聴いてみると納得いただけると思いますが、三歳児ならToilet Troubleって空耳するのも無理はありません。けどだからといって、還暦を目の前にした大の男がWhat the World Needs Now...と冠したアルバムの一曲目でそれを力いっぱい歌うかというと、歌うんです。パンクですから。

崇められるなんてごめんだ
肩身の狭い思いはまっぴらだ
俺の名を汚すな
トラブル到来で屈辱とおさらばだ

世の中がエボラだ、戦争だ、経済格差だ、テロだって次々と大きなトラブルに見舞われているときに便所が壊れたって夫婦喧嘩ですか、呑気だねえという感想を抱く方々も少なくないことでしょうが、便所や夫婦喧嘩の問題にちゃんと取り組めないような人が世界の問題をどうこうできるはずなどありません。そうゆうもんです。それもできないような人たちがなぜか結構政治家や実業家になってしまっているということが問題をさらに根深いものにしているのです。便所と夫婦喧嘩は今こそ歌うべき大きな問題です。

ジョン・ライドンが今までに経験した最大のトラブル、それは7歳のときに髄膜炎にかかり、それまでの記憶をすべて失ってしまったことです。親の顔も自分が誰なのか分からない、言葉も話せず人の話はノイズにしか聞こえない、スプーンの持ち方すら分からないほどでした。数年かかって徐々に記憶は取り戻したのですが、いくつかの後遺症が残り、中でも幻影は長く続いたそうです。

ひどい頭痛と目まい、失神、火を吹く緑色のドラゴンとか存在しないものが見え始めた。そんなものいないって分かってる自分の中に、ドラゴンが見てパニックを起こしてる自分がいるんだ。それがどれほど恐しいことか。身体が勝手に反応して止まらない。恐怖のあまり引き付けを起こした。

次の朝、母親は容態がさらに悪化していることに気付いて医者を呼んだ。医者が到着すると俺は気を失なった。気が付くとそこは救急車の中だった。俺はまた気を失なった。次に俺が意識を取り戻したのは病院の中で数ヶ月後のことだった。俺は6ヶ月以上も昏睡状態だったんだ。

率直に言って、俺が空想にふけるようなことはまずない。俺の頭の中にそんな余地はない。他人の気持ちを考えない奴だってときどき言われるのはそのせいかもしれないな。時間をムダにしたくないのさ。朝起きるのはものすごい努力を必要とするけど、俺にとっては眠ることの方がその10倍も大変なことなんだ。眠るのが嫌いだ。起きたときにまた自分が誰だか思い出せなくなるんじゃないかって恐怖に襲われるんだ。この感覚はおそらく一生俺につきまとうはずだ。絶対に消えない。俺がなかなか眠らず、常に警戒してるのはそのせいなんだよ。ま、昔は「眠らずにいられるモノ」に頼ったことがあったような気もするけどな。

退院してからもしばらくの間は度々幻影に悩まされた。すごく怖いやつだ。中でも思い出すのは神父。今でもときどきその夢を見る。背が高くガリガリに痩せた男で黒い髪に黒い瞳、そのものすごく恐しい目で俺を睨むんだ。ハンパじゃなく大ごとなんだ。そいつが夢に現われると、俺は立ち向かわなくちゃならない。そうすれば消え去る。だけどそれは簡単なことじゃない。自分が夢を見てる状態で夢のコントールなんてできないだろ。だけどどうにかこうにか、何年もかかって、俺は自分の夢をコントロールできるようになったんだ。

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もう少しで死ぬところだったんだ。まったく笑えるようなことじゃない。だけど妙なことにあの病気が今の俺を作ったんだ。あれを経験したからこそ俺は今ここにいるんだ。かつて俺を死にそうにしてくれた神様には感謝するよ。記憶をすべて失なってしまい自分が誰であるかさえ分からなくなったんだ。あのときの苦しさは今も忘れちゃいない。俺が今までに味わった最大の達成感はあの病気を克服したことさ。

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ジョン・ライドンというのはこうゆう人ですから、身近な個人的なトラブルと世界的なトラブルに優劣を付けたりしません。小さな個人的なトラブルに悩んでる人を馬鹿にしたりしません。どれも大切なことです。だからみなさんも日常様々トラブルに遭遇してると思いますが、Double Troubleを聴いて元気を出して立ち向かってください。健闘を祈ります。

ところトイレの件はどうなったのでしょう?

なんだかんだで、俺たちはバケツを使うハメになる

おう、いえー。