
オラは今、ここ三里塚の地にいる。午前11時に札幌の家を出たのに、三里塚小学校前に着いたのは夜の7時、もう真っ暗じゃないか。オラは腹ペコなので晩めしを食べる権利がある。だけど食べ物屋なんて、どこにもないじゃないか。
お姉さんお元気ですか?ぼくはとっても元気です。初めてお姉さんの声を聴いたのはデビューシングルの Hong Kong Garden で、たしかぼくが高校生になったばかりの頃です(1978年?1979年かな?)。抜群にかっこいいお姉さんだなとすぐに好きになりました。後になって、初めて写真を見たときは、こんなにお化粧の濃いすてきなお姉さんだったのかと感動しました。
デビュー当時のお姉さんは、暗黒女王 Nico の王位継承権第一位と誰もが認める存在でした。お姉さん自身もそう思っていたんじゃないかと思います。実際クスリでボロボロの Nico を引っぱり出してきて一緒にツアーとかやってましたよね。
でもお姉さん、あれですよね、料理作るの好きですよね。もちろん食べるのも大好きですよね。すぐお腹空きますよね。ぼく、そうゆうカンけっこういいです。ピンときました。きっとこのお姉さんはおいしいごはん作るんだろうなって。だからちょっと油断するとすぐ太っちゃいますよね。2、3年後のシングル Israel か何かのプロモビデオかな?顎が丸くなってきてることがわかって、やっぱりそうだったのかと確信しました。
その食欲のお陰で Nico の後を継がずに済んだみたいですね。よかった。今でもお元気そうで何よりです。え?年とって太っちゃった?まあ人間誰でも年はとりますから。でもお姉さんは今でもすごく魅力的ですよ。
声?高いキーがすっかり出なくなっちゃった?ああ、それもねえ、ハスキーボイスの持ち主にはよくあるんですよ。だって1981年の JuJu あたりにはもうその兆候が出ていたじゃないですか。昨日今日始まったことじゃないでしょう。その代わり低音部の迫力が増して、ドスやコブシの効いた声が出るようになったじゃないですか。バンシーズやクリーチャーズの過去の曲はもう捨てちゃいましょうよ。お姉さんの黄金期はこれからなんだから。
なんて励ましのお便りを出したいなあとここ数年ずっと考えていたのですが、オラが言わなくてもちゃんとわかってくれたようです。スージー・スーお姉さん、ソロ・シンガーとして再デビューです。先行シングルは Into A Swan。プロデューサはよくわかんないけど豪華ロバート・プラント。
いいなあこれ、そっち方面の人たちにもウケるんじゃない?あ、もうやってる。
お姉さん、これからもがんばってね。一生ついてくから。
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| http://en.wikipedia.org/wiki/File:Siouxsie_Into_a_Swan.jpg |
でもこの写真はいくらなんでもフォトショップし過ぎ。
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| http://en.wikipedia.org/wiki/File:Magazine_-_Shot_By_Both_Sides_single_picture_cover.jpg |
ルドンといえば思い出すのはたどん。でもたどんを使って絵を書くとあんな細かい線は引けないのだ。ルドンはカラーの作品も色々残していて、実はカラーのやつのほうがずっと不気味。昔買ったマガジン(Magazine)のシングル「Shot By Both Sides」はジャケットがルドンの絵だったのだ。
今改めて見ると、酒飲んでスクーター運転してつかまって、昨日泣きべそかいて謝罪会見していたフィギュアスケートの選手にちょっと似てる。
久しぶりにオフィシャル・サイトに行ってみると、おおう、なんかご近所の奥さんを連れてきてコスプレさせてみましたみたいな、マニアにはたまらない写真になってるう!
この調子であと30年はがんばっていただきたい。
「とうちゃん、これ何てバンド?」
「これか?レッド・ツェッペリンだよ。フィジカル・グラフィティってアルバムだよ。どうだ、すげえだろ。」
「うん、いいね。なかなかいい音してるね。新人バンド?ホワイト・ストライプスの影響モロだね。」
なんて言われても、もう仕方ないと思う。メグ姉ちゃん、最強。茶髪もすてき。
こんなとこにカキコすると Cosey お姉さまから直々にお返事いただけるなんて状況は予想していなかったのだけど、まあいいか。んで Cosey Fanni Tutti が Così fan tutte のダジャレだとゆうことに約30年気付かなかったのだけど、まあいいか。そいでお姉さまの Web サイトが更新されて ART/PHOTO ページが加わったりしていて、お仕事中、お食事中の方は避けたほうが無難かもしれないけど、まあいいや。