Viv is leaving a middle class row of houses in Camden |
ヴィヴ・アルバーティン(Viv Albertine)という名前、知ってる人はそんなに多くないと思います。1970年代後半、アリ・アップ(Ari Up)、テッサ・ポリット(Tessa Pollitt)らと共にスリッツ(The Slits)を結成した元祖パンクのひとりで、クラッシュ(The Clash)の曲「Train in Vain」に歌われた伝説の女性でもあります。彼女はスリッツ解散後どうしていたかというと、音楽の世界とは完全に縁を切り、普通に働いて結婚して子どもを育てていました。
その伝説のヴィヴが突如子連れで音楽の世界に復帰したのは2010年のことです。その後 PledgeMusicでアルバム制作の資金集めを開始してレコーディングをしていたのですが、昨年末ついにそのアルバム「The Vermilion Border」が発売になりました。
ヴィヴ・アルバーティン、57歳にしてついに復活、ソロ・デビューです。
キッチン・テーブルの椅子に座って、初歩的なギターの練習から始めたの。25年間まったくギターに触れていなかったからもう弾けなくなっていたのよ。ギターのコードとかスケールにはこだわらないの。頭の中に浮かんだように弾くだけ。初めてギターを手にしたときの気持ちが蘇ったわ。あのときと同じ、自分ひとりで始めたのよ。
カムバックしようって気持ちになった理由のひとつはインターネットなの。ネットがあれば、レコード会社や組織に頼らなくても自分の音楽が聴いてもらえるんだって分かったからよ。ああ神様、素敵!
もしわたしが昔ながらのやり方でカムバックしようとしたら「きみはもう若くないんだよ。おまけにブランクが長過ぎた。卓越した演奏技術や美しい声を持ってるわけじゃないしね」なんて言われるに決まってる。昔、わたしがプレイし始めたときにも同じように言われたわ。同じことをまた聞かされるなんてたくさん。だから昔と同じようにそういう連中の話は無視することにしたの。もしまた同じことを言われても前の経験があるから、自分があきらめずに情熱を注ぎ続けさえすれば、連中が言うようなことには絶対にならないって確信があったしね。
もうミュージシャンは誰ともつき合いがなかったから、昔と同じように仲間を探したの。その人を見て、その演奏を聴いて、気に入ったら直接その人にレコーディングに参加してほしいって頼むのよ。直感を信じて自分が何かを感じた人を選ぶと、それは驚くほどうまくいくのよ。ホント、昔経験したことをまた見てるみたいに感じた。
30年も後になってスリッツの重要さが評価されるようになったときはびっくりしたわ。もちろんそれはわたしたちがやったことなんだけど、決して人に評価されることはないんだってあきらめていたから。スリッツをやっていた当時、わたしたちは自分たちがやっているのはすごく重要なことなんだって分かってた。自分たちはとんでもなく画期的なことをやってるんだって信じてた。だけどやがて「こんちくしょう、誰もわかってくれないんだ!」って思うようになってしまったのよ。
スリッツをやめてからはすっかりあきらめて、誰にもそのことを話さなくなったの。自分がスリッツの一員だったなんて誰にも話さなかったわ。そうすると誰もわたしに興味を示さなくなってまるで透明人間になったみたいで、逆にそれがおもしろかったけどね。みんなわたしをただの中年のおばさんとしか見てなかった。
わたし、一度はスリッツのヴィヴを葬ったのよ。決して再び地上に姿を現さないように。だけどそれが4年前に大爆発を引き起こしたの。もしわたしがこの20年間、自分の反抗的な面を無理に抑え込んだりしていなかったら、子どもを育てるためにつらい仕事をムキになってまでやっていなかったら、娘に自分のイカレた面を見せまいと偽っていなかったら、そうしたものみんな無理に我慢していなかったら、離婚をするほどの大爆発をしてまで自分を主張する必要はなかったはずなの。葛藤の末に自分を否定していたのよ。でもそんなことをしたっていつまでも続くはずがない。わたしはスリッツのヴィヴを自分自身で蔑ろにしていたの。
「きみは伝説の人だから」なんて言う人もいるけど、そんなのわたしの日常生活には何の意味もない。だってわたしは大量のファンがいるわけでなければ、大金を稼げるわけでもないし。何もアドヴァンテージなんてないのよ。若い新人アーティストと何も変わりない。実際みんなと同じようにレコードからは何の実入りもないしね。
わたしは安心して暮らせる家庭生活というものを捨ててしまったの。17歳の小娘がよくやるみたいにね。年をとって、子どももいる身になってまた未知の世界への境界線を踏み越えた。透明人間みたいな生活から創造性に満ちた世界への境界線を踏み越えたのよ。たとえレコードがたくさんの人に評価されなくたってかまわない。自分がやるべきことをやったという確信を得るために、どうしても必要なことだったのよ。レコードのジャケット写真はカムデンの中流階級の住宅街を出ていくところを撮ったものなの(笑)。
Viv Albertine interview "I buried Viv from The Slits, I absolutely squashed her"
ヴィヴは決まったメンバーのバンドは持ってなくて、ライヴはほどんど弾き語りでやってるんですが、アルバムには豪華なゲストが参加しています。昔スリッツで一緒に活動していたブルース・スミスやデニス・ボーヴェルを始め、ミック・ジョーンズ(The Clash)、グレン・マトロック(The Sex Pistols)、ティナ・ウェイマス(Talking Heads)、若いところでは Warpaint のジェニー・リー・リンドバーグなんかも弾いています。ジャー・ウォブルやチャールズ・ヘイワードがプレイしたトラックに至っては、アルバムに採用されずボツになっています。
ちょっと待て、「何もアドヴァンテージがない」どころか、昔のコネ、バリバリじゃんと言いたいところですが、ティナ・ウェイマスなんかは本当にそれまで一度も会ったこがなく、Facebook を通じて連絡を取ったのだとアルバムのライナーに書いてありました。
あと極めつけがジャック・ブルース(Jack Bruce)です。どのジャック・ブルースかというと、もちろんクリームのジャック・ブルースです。彼が参加してベースを弾いてるんです。当然ジャックはスリッツなんて聴いたことがなく、ヴィヴの名前なんて知るはずありません。どうやってアプローチしたのか分かりませんが、とにかくジャックはベースを持ってスタジオに来てくれたそうです。
以下ジャックとヴィヴの会話。スタジオに着いたジャックがじゃあまず何をしたらいいのかと尋ねると、ヴィヴはすぐにスタジオで曲を演奏してくださいと言います。
ジャック: えっ、デモも聴かずに?
ヴィヴ: わたしたちも今、曲をおぼえたばかりなんで
ジャック: うわぁ、昔みたいなやり方だね
ヴィヴ: 昔の人間なんで
ジャック: オッケー、わかった
ジャック: 曲のキーは何?
ヴィヴ: わかんないんです
ジャック: どのキーでプレイしてもいいってこと?
ヴィヴ: ええ、好きなキーで弾いてください
ジャック: オッケー、わかった
こうしてできたのがヴィヴのアルバム「The Vermilioin Border」です。ヴィヴが囁くように歌い、ギターを弾いています。スリッツとは似ても似つかないサウンドですが、ギターの音色は間違えようもない、あのヴィヴのギターです。それにスリッツが持っていたあのわけのわからない呪術的な雰囲気、ウィッカーマンの島に住む女の子たちのような雰囲気はヴィヴのギターが醸し出していたものだと、今になってよくわかります。テーマは21世紀にふさわしく、ずばり「愛とセックス」です。多くの曲はそのままラジオでかけられません。
自主制作のアルバムですし、ヴィヴはどう見てもプロモーションをうまくできるタイプではありませんから、このアルバムが大量に売れるなんてことはあり得ないでしょう。でもこういうのは後からジワジワ効いてくるんです。スリッツだってヴィヴが言ってる通り、当時は大して売れなかったんです。
あと世のダンナさんたちは、奥さんが突然ギターを弾き始めたりしたら CD の棚にヴィヴのアルバムがないか、よおく注意したほうがいい。