2013/01/26

きみの妄想力が試されるとき (NPR Music Tiny Desk Concert - テリ・ジェンダー・ベンダー)

Le Butcherettes: NPR Music Tiny Desk Concert

みなさんご存知の通り、芸能界というのは夢を売る商売です。夢を提供する側はいい種を蒔いて、あとはそれがでっかく膨らむのをじっと待つというのが理想のやり方です。夢を提供する側は基本、種だけ蒔けばいいんです。それを育てるのは夢を見る側、見たい側の仕事です。ここでポイントとなるのは、全部ありのまま曝け出したりしないことです。見えない部分、わからない部分をしっかり残すということです。見えない部分、わからない部分が肥やしとなって、妄想が大きく育つからです。

ただしこのようなやり方が通用したのは前世紀までで、最近は通用しなくなってきました。インターネットが一般に普及し、普通の人が安価に入手できる情報量が飛躍的に増えたためです。昔、妄想を膨らませていた人たちが何でそんなことをしていたのかといえば、情報に対する飢えを満たすにはそれしか方法がなかったからです。別にやりたくてやっていたわけじゃないんです。簡単に情報が手に入れば、それに越したことはありません。

ということで、夢を売る商売が困難な時代となってきました。ちょっと情報を抑えて妄想が育つのを待ちたいと思っていても、競合する相手がどんどん情報を出したらそれに追随せざるを得ないからです。こうして情報が供給過剰となり、相対的に人々の妄想力が低下するインフレ状態が発生するに至ったのです。

芸能人のステージ、あれは一見たくさん色々なものを見せているような印象を受けますが、実体は違います。仰々しいステージセット、燦びやかな衣装や照明、大音響などを駆使して実体を曖昧に見えにくく、聴こえにくくしているのがステージというものです。

今回ご紹介する NPR Music の Tiny Desk Concert は、この妄想力インフレ時代の最右翼ともいえるコンサートです。コンサートの舞台となるのは NPR Music の事務所です。真っ昼間、事務所の机の脇に立ってアーティストが演奏するんです。特別な音響装置や照明など、何もありません。アーティストが使えるのは原則アコースティック・ギターなどのアンプラグドな楽器だけ、歌はマイク使わなくても聴こえる広さしかないのでマイクも使いません。あるのはビデオカメラでの撮影に支障が出ない程度の照明と録音用のマイクだけです。

アーティストの歌声と演奏、それだけのコンサートです。つまり、きみの妄想力が試されるのがこの Tiny Desk Concert です。

ボウズニアン・レインボウズ(Bosnian Rainbows)での活躍で、日本でも最近になって話題急上昇のテリ・ジェンダー・ベンダー(Teri Gender Bender)も昨年この Tiny Desk Concert に出演しました。

いつもの古風なワンピース姿ですが、コンサートの趣旨に合わせて(?)ほとんどすっぴんで登場します。冒頭、ギターの音を聴くとチューニングが甘く弾き方も何だか素人の女の子みたいです。しかし歌い出した瞬間に表情が変わり、世界が一変します。彼女もまた「Army of One」なんです。

12月のボウズニアン・レインボウズのライブを観た人たちの間で話題になった「照れるテリ」がここでも見られます。何かに取り憑かれたような表情が曲が終わった瞬間に崩れ「いやっ、ども、グラシャス、お恥ずかしい」って感じで一々マジで照れるんです。テリ・ジェンダー・ベンダー、すっげえかあいい!

Tiny Desk Concert はほかにも色んなアーティストが出演していて、探すとびっくりするような人が見つかります。もうひとつのお勧めはブッカー・T・ジョーンズ(Booker T. Jones)のハモンド教室