2014/09/04

あなたたち、今までどこに隠れてたの?(Before The Dawn - ケイト・ブッシュ)

a sky of honey, a photo by Sheldon Wood on Flickr.

かつてポップコンサートにおいて、これほど好意的で、爆発のような轟音の喝采を受けた者があっただろうか。その大歓声に彼女が何と応えたのかよく聞き取れなかったが、おどけてこう言ったのだけは、はっきり聞こえた。
「あなたたち、今までどこに隠れてたの?」

An Ultrahuman: Kate Bush Reviewed Live, By Simon Price

こんなのを読んだだけで「ど、ど、どの口が言うかぁ!」とその場で号泣し始めてしまう長年のファンが後を絶ちません。ケイト・ブッシュ、35年ぶりのフルコンサートが8月26日、ロンドンのハマースミス・アポロ(旧ハマースミス・オデオン)で開幕になりました。一部ニュース・サイトなどでツアーと表現されていますが、正確に言えばツアーではありません。劇場は同じアポロ1ヶ所だけの連続公演です。10月1日まで、1ヶ月あまりの短期間に22回の公演が予定されています。チケットは発売から30分と経たないうちにすべて売り切れてしまいました。

いやね、ロンドンまで観に行くことができなかったんで、初日の成功がTwitter やニュースで報じられるまで、もう心配で心配でならなかったんですよ。だって、前にちゃんとしたコンサートをやったのって1979年だよ、ケイトがデビューして間もない二十歳のときだよ。そのときだってまともなステージ経験もないのに、いきなりイギリス、ヨーロッパで29回のコンサートをやってみんなをびっくりさせたんだけどさ。それが最後、あとはテレビショーで歌ったり、他のアーティストのコンサートにゲストとして出演したりというのが何度かあっただけ。ライヴ活動をまったくしてなかったの。しかもここ20年くらいはニューアルバム出してもキャンペーンで人前に出ることすらほとんどなかったんだから。

ケイトは今、56歳です。同世代のヴィヴ・アルバーティンみたいな例もあることだし、この歳になってステージ・カムバックというのも2014年的には有りでしょう。だけどさ、それならそれで普通は小規模なライブやテレビ出演で肩慣らししてから始めるよね。いきなり3時間におよぶステージを短期間に22回連続でやるなんて馬鹿なこと、誰も言い出したりしないよね。

35年前の自分の経験なんて、赤の他人の経験とさほど変わりありません。そんな長丁場で声は持つんだろうか、体力は持つんだろうか。それより何より、今の自分にステージで人を魅了する力なんてあるんだろうか。みんなをがっかりさせてしまうんじゃないだろうか。長年のブランクで雪だるま式に膨れ上がったファンたちの妄想を受け止める力なんてあるんだろうか。いかなる大スターであっても尻込みせずにいられない状況です。

でもファンならみんな知ってます。ケイトに常識は通用しません。今までもずっとそうだったし、これからも間違いなくそうです。世の中の状況とか流行とか、35年経ってるとか、他人はどうやるとか、常識的にどうだとかそんなの全部ケイトの前では意味を成しません。本人に尋ねたらきっと「あら、そんなに変かしら」ぐらい言うに決まってます。

公演日程も序盤を過ぎました。あとは事故なくすべての公演を終え、観に行くことのできなかった世界中のファンのために、コンサートのビデオが発売されることを祈るのみです。

コンサートの内容についてはtangerineさんという方が初日の様子を詳しくレポートしてくれてるので、以下をご覧ください。

あとね、Twitterなどで「なんだ、初期の曲はやらなかったのかあ」みたいなのをよく見かけますが、ケイト・ブッシュは「今なお前進し続ける常識はずれのアーティスト」です。ケイトは「今が」全盛期です。まだ聴いてない方は最近の三作「Aerial」、「Director's Cut」、「50 Words for Snow」を聴くことを強くお勧めします。

コンサートの1曲目は「Lily」です。アルバム「The Red Shoes」のバージョンしか知らない人も多いと思いますが、近作「Director's Cut」ではこのように変貌を遂げています。このテンションで始まるんだよ。びっくりするよ。

ケイト・ブッシュはなぜ何十年も沈黙し、これをもっと早くやらなかったのだろう。それは彼女が生きて過ごす時間こそがこのショーを実現するために必要だったからなのだと思う。

Tracey Thorn on Kate Bush at the Hammersmith Apollo: the ecstatic triumph of a life’s work

2014/07/19

ジョン・ライドンの自伝はゴースト・ライターが書いた?

John Lydon with Keith and Kent Zimmerman

タイトルはよくある釣りなのであわてないように。ジョン・ライドンの「No Irish, No Blacks, No Dogs(邦題: Still A Punk - ジョン・ライドン自伝)」、書いたのはジョン・ライドン本人じゃなく別の作家ですが、ゴーストじゃなくて表紙にちゃんと名前が書かれています(上の写真)。ジョン・ライドンや周囲の人たちに取材をしてあの本を書いたのはキース/ケント・ジマーマン兄弟です。

ある人物の生い立ちやらエピソードなど、事実を元に書かれた本のうち、別の第三者が書いたものは伝記(biography)、本人が書いたものが自伝(autobiography)と呼ばれています。だから上記ジョン・ライドンの本は分類上伝記であって、自伝ではありません。

原著のどこにもautobiographyなんて書かれていないのに、わざわざタイトルを「ジョン・ライドン自伝」に変更して、表紙からジマーマン兄弟の名前をはずしてしまったのは日本のロッキング・オン社です。責めたい人はロッキング・オンを責めてください。

少し前、日本でもゴースト・ライター騒動がいくつかありましたが、どうして書いた人の名前の隠すような商習慣があるんですかね?「この本おもしろい。この人が書いた本、ほかも読みたい!」ってなっても、隠してたらわからないじゃない。

一方でロッキング・オンが出した日本語版、翻訳はすごくいいんです。口語が生き生きと訳されています。勉強になります。オラなんか、英語翻訳の教材として今でもよく読み返してます。ところがですね、翻訳者の名前がどこにも書かれていないんです。ひどい。

で、長いこと誰が訳したのかわからなかったんですが、数年前、偶然Amazon のページを見て、竹林正子さんが翻訳したものと判明しました。Amazon は権利関係をデータベースで管理しなければならないため、著者、翻訳者などをちゃんと表示してるみたいです。

今の若い方は知らないでしょうが、昔のロッキング・オンは「俺たちはスターを崇めたりしない。主役はスターじゃなくて、聴き手の俺たちの方だ!」という雑誌だったんですよ。で、英語の歌詞で言ってることもろくに理解しないまま、スタッフが強引な解釈を書きまくってて、逆にそれがおもしろい雑誌だったんです。それがいつから「主役の俺たち」をスターの影に隠すような商売になってしまったかなあ。あ、どれくらい昔かというと、1970年代、ロッキング・オンの値段が280円だった頃の話です。

2014年7月現在、「STILL A PUNK―ジョン・ライドン自伝」は品切れになっていて再版の予定がないみたいなんですが、ロッキング・オンには、諸々の反省を踏まえ、初心に立ち返り、著者名、翻訳者名を正しく表記、さらに大幅にカットした内容を追加して、「No Irish, No Blacks, No Dogs (完全版)」を出版していただきたいと思います。

伝記、自伝の話をもうちょっと続けると、イギリス人ミュージシャンってよく自伝とかバイオグラフィー出しますよね。これ伝統なんだそうです。イギリスでは伝記がよく読まれていて、伝記を書く人の社会的な地位も確立されてるそうです。伝記がイギリスの長編小説に大きな影響を与えてきたそうです。丸谷才一さんがそう言ってるので間違いありません

ジョン・ライドンの本を書いたジマーマン兄弟はアメリカ人ですが、この本を書いたことで実力が認められて、ミュージシャンの伝記だけじゃなく、色々な本を書くようになったそうです。あ、アリス・クーパーの「Golf Monster」もこの二人が書いたものです。

あと何だったかな。そうだ、ジョン・ライドンはホンモノの自伝をこの10月に出します。今回はちゃんとautobiographyって言ってるので本人が書いてることは間違いありません。ただしひとりじゃ無理なので、Andrew Perryって音楽ジャーナリストとの共著になるって正直に言ってます。Amazon UKにはもう載ってます。タイトルは「Anger is an Energy: My Life Uncensored」。

(追記)
よく調べてみると、No Irish... 初版の表紙にはThe Autobiographyってサブタイトルが書かれていたことが判明。つまりジョン・ライドン自身も執筆してたんだね。ごめん、ロッキング・オン、「ジョン・ライドン自伝」で間違ってなかったのな。それから竹林正子さんの名前も奥付に書いてあった。許してください。ということで、この文章自体が単にロッキング・オンに難癖つけただけみたいになってしまいましたが、それでももちろん完全版は出すべきだぞ。

(関連記事)
ロッキングオンにはジョン・ライドンの自伝「No Irish, No Blacks, No Dogs」の完全版を出していただきたい
怒りはエネルギーだ - ジョン・ライドンの自伝第二弾「Anger is an Energy: My Life Uncensored」

Clothes, Clothes, Clothes. Music, Music, Music. Boys, Boys, Boys - ヴィヴ・アルバーティン自伝

Clothes, Clothes, Clothes. Music, Music, Music. Boys, Boys, Boys, a photo by themostinept on Flickr.

自伝なんて書いて出すのはバカか文無しに決まってる。ま、私はどっちにも当てはまるかもね。

ヴィヴ・アルバーティン(Viv Albertien)が50代後半になってソロで復活、デビュー・アルバムをリリースしたのは一昨年のことです。BBC 6 Music なんかけっこうプッシュしてたのですが、案の定、ごくごく一部を除いてほとんど話題になりませんでした。もちろんそんなことでメゲるヴィヴではありません。その後これといってライヴ活動もないままどうしていたかというと、ジョアナ・ホッグ監督の映画「Exhibition」で主演をつとめた後、自伝の執筆活動をしていました。執筆ったって書斎の机で書いてたわけじゃありませんよ、いつもの通り台所のテーブルで書いてたんです。

その自伝「Clothes, Clothes, Clothes. Music, Music, Music. Boys, Boys, Boys」は5月に出版されたのですが、これがイギリスでまさかの大ヒット、ヒースロー空港の書店のベストセラー・コーナーに陳列される事態にまで発展しています

ヴィヴのやっていたバンド、スリッツ(Slits)は、もちろん音楽ファンの間では元祖ガールズ・パンク・バンドとして有名ですけど、イギリスでさえ一般の人たちが誰でも知っているような存在ではありません。当然ほとんどの人は「ヴィヴ・アルバーティン?誰それ?」って感じのはずです。なのに自伝が大ヒットしたのはなぜなんでしょう?たぶんスリッツやヴィヴをまったく知らない世代にも共感できることが書かれているからなんだと思います。

本の内容ですが、ヴィヴの子供の頃から現在に至るまで、様々なことが「率直に」書かれています。何もそこまで書かなくても、ってことまで全部書いてあります。普通ここまであけすけに書いてしまうとスキャンダル狙いの売名行為とか言われかねないのですが、あまりにも堂々と率直にこれでもか、これでもかというくらい書かれているため、もはやそのような中傷のつけ入る余地すらありません。そうやってすべてを曝け出して生きるのがヴィヴ・アルバーティンという人間の生き方なんだ、って本です。

日本での出版予定はまだ無いので、ちょっとだけ中身をご紹介しましょう。貧乏な母子家庭にありながらも、ファッション大好き、音楽大好き、男の子大好きですくすくと育った少女ヴィヴは、アート系の大学に通いそこで(後にクラッシュを結成する)ミック・ジョーンズと出会い、セックス・ピストルズのライヴを観て、自分自身でステージに立つ決心をします。

音楽の道に進み、どこかバンドに入るために大学をやめる。次に私がしなくちゃならないのは、それをママに話すことだった。私はママと一緒にロンドンの31番路線バスに乗った(景色がすばらしくて、私はよく用もないのにカムデン・タウンからノッティング・ヒルまでこのバスに乗っていた)。二階の前の席に座ってとりとめのないおしゃべりをした。

私は両足の間にギターを挟んで座り、ピストルズやらクラッシュやら、私が出会ったバンドの色んな人たちの話をした。ママはうんうんってうなずいて笑っていた。ママは私がずっと音楽に夢中なことをを知ってたし、私が楽器を習ってることを自慢に思っていた。今が私の計画を話すチャンス、そう思った。私は情熱的を込めて訴えた。
「ママ、私、大学をやめてバンドをつくろうと思うの!」
それを聞いた途端、ママは泣き出した。

ママを連れてバスを降り、チッパンハムのパブに入った。ママにお金を借りてレモネード・シャンディをひとつ頼み、半分ずつ二つに分けてテーブルに運んだ。ママは私を大学に入れるため、懸命に働いていた。大学へ進学した子供は親戚の中でも私が初めてだった。私の本や洋服をを買うため、ママは昼間の仕事が終わった後、夕方からクリーニング店で働いていた。だから私はまわりに貧乏だと思われたことなんてなかった。ママはいつも私を信頼して、考えを尊重してくれた。それなのに私は学校をやめようとしている。まだギターだって弾けやしないのに、学歴を得るチャンスをみすみす手離そうとしている。

自分が一体何をしようとしているのか、それは充分わかってる。それをママに伝えなくちゃならなかった。
「ママ、私の着てるものを見てよ、誰もこんな格好してないでしょ。私、みんなとは違うのよ。ママは私がどれだけ音楽が好きか、よく知ってるよね。」
ママはうなずいて、力なく笑おうとした。

ヴィヴ・アルバーティン、結構、かなりしょーもない娘です。思い込んだらまっしぐら、の割に実力や準備が伴いません。世のお母さんたちは、思わず引っぱたきたくなってしまうかも知れません。あるいは自分の昔を思い出して赤面してしまうかもしれません。 それでも彼女は様々な紆余曲折、みっともないこと、恥しいことを散々やった挙句、スリッツにギタリストとして参加、クラッシュのホワイト・ライオット・ツアーに同行することになります。この時点でヴィヴにはまだほとんどステージでの演奏経験がありません。初めてのステージがいきなりツアーで、当時流行していた観客からの唾吐きの洗礼を受けます。

「ワン、ツー、スリー、フォー!」
曲は Shoplifting で始まった。ギターのチューニングがズレてたって、そんなの知らない。アリからときどき指摘されたけど、一体私にどうすれって言うのよ、ギターのチューニングなんてできないのよ。それでも演奏を続け、とにかく15分間のステージをやり切らなくちゃならない。

ステージの間中、唾の雨が嵐のように降り注いできた。私の髪は大量の唾だらけになった。目やギターのネックも唾で覆われた。滑ってギターのコードも押さえられない。アリを見たら、歌ってる彼女の口の中にも唾が入っていた。アリがそれを吐き出したのか飲み込んだのか、そんなこと知らない。自分の手が滑らないように注意してるだけで精一杯。

前列にいた観客がアリをステージから引き摺り降ろそうとした。すぐにみんな演奏をやめて、そいつらに襲いかかった。私はギターで殴った。パームオリヴもその連中をぼこぼこに殴った。警備員が来て、連中が顔から血を流したまま連れて行かれた後、私たちは演奏を再開した。

あっという間だった。楽器を床に叩きつけてステージを出た。ビールの缶が2、3個飛んできて、誰もいなくなったステージの上でガチャンと音を立てた。ミック・ジョーンズがステージの袖で待っていた。
「上出来だよ」
そう言って彼は私にキスをした。

どう?続きを読みたくなるでしょう。スリッツやパンクのこと、全然知らなくてもおもしろいよ。だけど英語で400ページ越えるぶ厚い本なんで、翻訳が出版される可能性はかなり低いんです。音楽ファンだけをターゲットに翻訳出したら絶対に赤字。もっと広く、パンクなんて知らないって人にも読んでもらえる本だと思うのだけど、今の日本の出版社にはそんな余裕ないかなあ。イギリスでは映画化の話が出てきてもおかしくないくらいの勢いなんですけどね。

それからヴィヴを支えてくれたママは、この本の出版記念イベントの当日に亡くなったそうです

(関連記事)
おばさんを甘く見るとウィッカーマンで焼かれるぞ The Vermilion Border - ヴィヴ・アルバーティン
靴は脱いでってば! (Confessions of a MILF - ヴィヴ・アルバーティン)

2014/06/07

神様ってのはそういう者を愛するんだろ? - ジョン・ライドン出演のジーザス・クライスト・スーパースター、全公演中止

Bilbao BBK Live 2013 PIL, a photo by Dena Flows on Flickr.

ジョン・ライドンがヘロデ王役で出演、今月9日のニューオリンズを皮切りに、北米54箇所をまわる予定だったミュージカル公演、ジーザス・クライスト・スーパースターの US ツアーは5月末の開始直前になって突然中止が発表されてしまいました。こんな大規模なツアーがぎりぎりになって中止されるなんてよほどのことなんですが、公式サイトには何も理由が書かれていません。出演者やスタッフも同様に、満足な説明なしに突如中止を告げられたようで、Twitter にも出演者らの怒りの声が上がってました

数日経って、プロモーター Michael Cohl がニュースサイトの取材に応じました。記事によると要するに「チケットがぜんぜん売れなかったので中止にした」ってことです。

アメリカの興業商売のことはよく知りませんが、こうゆうのってよくあるんですかね?なんか素人目には大々的にぶち上げてみたはいいけど資金が思うように集まらなくて、プロモーションにお金かけられなくて、それでもチケット売り上げで自転車操業しながらツアーやろうとしたけど、それもダメで万事休す、みたいに見えるんですけど。この Michael Cohl はミュージカル「スパイダーマン:ターン・オフ・ザ・ダーク」でも失敗してるんで、そっちの負けを取り戻そうとしてあせったんじゃないの?

まあ、一度中止が決定すると、あれこれ言っても再開されることはないので仕方ありません。初のミュージカル出演のため張り切って準備していたジョン・ライドンはこう言ってます。

そのプロモーターとかいう奴とは一度ニューヨークでモメてるんだよ。あいつのことは気に入らなかったし、本能的に信用できない奴だと思ってた。

きっとみんながあっと驚くような中止理由を説明してくれるだろうよ。(プロモーターの)コール君は何で俺に電話しなかったんだ?5ドルくらいなら貸してやったのに。

どんな運命が待ち受けていようと、俺はそれを受け入れ最善を尽くすだけさ。神様ってのはそういう者を愛するんだろ?

次か?次はバレエをやることになってるんだ。

Anger for ‘Jesus Christ Superstar’ Cast, and a Black Eye for Its Promoter

ということで、ジョニーおじさんのヘロデ王は幻に終わってしまいましたが、彼のバレエ、白鳥の湖にご期待ください。

2014/05/01

ハゲで太った中年の人魚がきみに会いにきました (Greens and Blues - ピクシーズ)

昨年、ピクシーズ(Pixies)のおじさんたち三人は、新作のレコーディング直前、長年一緒にやってきたキム・ディール姐さんに突如三行半(みくだりはん)を突き付けられてしまいました。何でなのか分からない。何が悪かったんだろう?三人は途方に暮れました。

それでも新作のレコーディング用にスタジオも予約しちゃっていたし、いつまでもお布団の中で泣いていられない、三人はがんばってレコーディングしました。がんばってちゃんとしたものを作りました。それで新しいベーシスト、キム・シャタックを迎えてツアーにも出ました。ところが半年も経たないうちに新しいキムをクビにしてしまいました。しかもそのことをブラック・フランシスたちは直接キムに伝えず、マネージャーに言わせたというのです。

そりゃあねえ、キム・シャタックがしっくり来なかったというのは傍目(はため)にもわかりますよ。だけどねえ、そうゆうことはやっぱりメンバー自身の口からちゃんと伝えるべきことじゃないの。そうゆうウジウジなとこがキム・ディールに見放される原因だったと思うよ。

それでまた三人はお布団にもぐり込んだのかというとそんなことはなくて、EP、アルバムと立て続けに発表、新作のプロモーションも積極的にこなしました。昨日、今日、ウジウジし始めたわけじゃなくて、デビュー以来一貫してウジウジしてる人たちですから年季が入ってるんです。

そんなウジウジ三人組を天は見放さず、パズ・レンチャンティンという新しい女性ベーシストを授けてくれました。このパズがすごくいいんです。パズがベースのヘッドに赤いお花を付けて「ぱらぱっぱっぱー」と歌うと、ああ、新しいピクシーズが生まれたんだなって実感できます。

アルバム「Indie Cindy」制作の段階ではまだパズは参加しておらず、パズはまだ正式メンバーというわけではないみたいなんですが、今度こそ三人揃ってパズに「ぼくらと一緒になってください」と頭を下げるべきだと思います。

ということで、ハゲで太った中年の人魚がきみに会いにきました。本人はたまたま立ち寄っただけなんて言ってますが、もちろん嘘です。

たしかにぼくはの心は、ここにあらずってやつだね
すぐにバラバラになって森の中を彷徨(さまよ)ってしまうんだ
ちょっと気味悪く感じたとしたら
申し訳ない、許してほしい

ぼくは自分が人間だなんて言ったけど、そう、嘘なんだ
この浜辺にはたまたま立ち寄っただけで
すぐ海の向うへ出発しなくちゃならない
またきみと会えることを祈るよ

ぼくはおしゃべりばかりして、きみの時間をムダにしてるね
もう家に帰りたいのかもしれないのに
でもすぐにぼくはここを離れる、そしたらきみはぼくのことなんて忘れてしまう
ぼくは(みどり)(あお)の中に、すっと消えてしまう

ぼくは自分が人間だなんて言ったけど、そう、嘘なんだ
この浜辺にはたまたま立ち寄っただけで
すぐ海の向うへ出発しなくちゃならない
またきみと会えることを祈るよ

ぼくはおしゃべりばかりして、きみの時間をムダにしてるね
もう家に帰りたいのかもしれないのに
でもすぐにぼくはここを離れる、そしたらきみはぼくのことなんて忘れてしまう
ぼくは翠と碧の中に、すっと消えてしまう

翠と碧の中に
翠と碧の中に

2014/04/05

「この俺がイエス様と一緒に歌うんだぜ。これ以上のことをいったい誰が何を望むっていうんだよ」ジョン・ライドン、ミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」にヘロデ王役で出演

PIL @ Atlantico Live, Roma - 27 ottobre 2013, a photo by GoldSoundzIt on Flickr.

2010年以降、毎年春になるとライヴツアーを開始している PiL が、なぜか今年は何の音沙汰もありません。ジョン・ライドン、せっかく調子出てきたのに今年はお休み?と思っていたところ、昨日、驚きのニュースが発表されました。

ジョン・ライドンがミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」にヘロデ王役で出演。6月9日から北米54都市をツアーします。

ファンとして2009年に復活してからのはジョンの活躍ぶりを見て、そろそろ映画やドラマから出演の声がかかるんじゃないかなって思っていたんですが、まさかの舞台ミュージカル、あろうことか「ジーザス・クライスト・スーパースター」、これはまったく予想してませんでした。

この俺がイエス様と一緒に歌うんだぜ。これ以上のことをいったい誰が何を望むっていうんだよ

さて、このミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」、舞台や映画の DVD が発売されていて、国内では劇団四季の演目にもなってるので観たことある人も多いかと思います。一方で「キリスト教礼賛ミュージカルでしょ?何でそんなのにジョン・ライドンが出演?興味ないね。」という人が結構いるかもしれません。別にキリスト教やミュージカルに詳しいわけじゃありませんが、そんな人たちのためにオラの生半可な知識で簡単にご紹介しておきます。

まずこのミュージカル、最初からミュージカルだったわけではありません。最初はレコードだったんです。アンドリュー・ロイド・ウェバーというイギリス人の作曲家が曲を作り、ロック・ミュージシャン達を雇い、キリストが処刑されるまでの7日間の話を元に演劇仕立てのレコードを作ったんです。このレコードが大ヒットしたためその後で舞台化が実現しました。ミュージカルの初演は1971年ですが、40年以上を経た今もウェバーが立ち上げた劇団 The Really Useful Group を中心に世界中で上演が続いている作品です。

で、中身はですね、イスカリオテのユダとキリストのお話です。

時代は現代なのか大昔なのかよくわからないようになっています。とにかくユダヤ人の国イスラエルがあります。形式的にイスラエルは独立した国でヘロデ王というのが統治してるんですけど、実質的にはローマ帝国の支配下にあります。民衆たちは貧困や圧政に苦しんでいます。

そこに「神の子」を名乗るひとりの青年キリストが現われ、病気の人を治したり、パンのかけらを籠いっぱいに増やしたりの奇跡をおこなったため「彼こそユダヤの王だ」と大評判となり、彼を慕う人々が大勢集ってきます。一方、権力者たちはキリストに集まる人々の動きを警戒します。これ以上騒ぎが大きくなってはローマから反乱の動きと捉えられかねないからです。ローマと戦争になったのではイスラエルはひとたまりもありません。

その気配をいち早く察知し、キリストやその支持者たちに危害が及びかねないと心配した友人のユダは、キリストに警告します。「もう神の子を名乗るのはよせ。普通に大工として生きればいいじゃないか」。しかしキリストはユダの言葉に耳を貸そうとしません。キリストは自信たっぷりで、娼婦マグダラのマリアに膝枕でナデナデされて喜んだりしています。ユダは思い悩んだ末、キリストや人々を守るため、権力者たちによるキリストの逮捕に手を貸します。

キリストは逮捕されたといっても別に盗みや殺人を犯したわけではありません。「神の子」を名乗ってるだけです。普通なら「おかしなことを言って人々を惑わせるな」でムチ打ちとかで済むはずだったのですが、権力者間の責任の押し付け合い、責任転嫁のせいであれよあれよという間に十字架にはりつけられることに。そして思い余ったユダは...。

何だかいつの時代も世界中のどこでも変わんないねえ、というお話です。ユダとキリストの間に同性愛的な雰囲気が漂い、見方によってはマグダラのマリアを加えての三角関係のお話とも取れます。

今でこそ「ジーザス・クライスト・スーパースター」はミュージカルの名作としての評価を確立していますが、発表当時は「神への冒涜だ!」と大変なバッシングを受けた作品です。だから「俺はアンチ・キリストだ」「教会は犬(Dog)をさかさまにしただけの God に祈りを捧げる場所」と歌ったジョン・ライドンを選んだのも、当然といえば当然の成り行きです。

今回、我らがジョン・ライドンが演ずるのは傀儡(かいらい)のユダヤ王、ヘロデです。出番は少ないのですが、このミュージカル一番の憎まれ役です。ビデオは2000年の映画版、リック・メイオールのヘロデ王ですが、これをジョン・ライドンが演じるとどんなことになるのか、すごく楽しみ。

(2014-06-07追記)このミュージカルは残念なことに中止になってしまいました。
神様ってのはそういう者を愛するんだろ? - ジョン・ライドン出演のジーザス・クライスト・スーパースター、全公演中止

2014/01/20

真実と伝説なら伝説を選べ - 映画「24 Hour Party People」

The man who put latex gloves on

先日 Chromecast を入手しました。テレビの HDMI 端子に差して YouTube なんかの動画をテレビ画面で表示する装置なんですけど、なかなか便利です。PC だって最近のディスプレイは大きいし、大して変わらないんじゃね?と思ってる人がまだ多いんじゃないかと思いますが、違うんですよ。テレビだと「ね、ね、おもしろいの見つけた、見て、見て!」ってすぐ家族に見せられるし、スマホ使って寝転がって操作できるんです。それに Google Play で映画をレンタルしてすぐにテレビで観ることもできます。

ということで、見損ねていた映画を色々借りて観たりしてるんですが、その中のひとつが「24 Hour Party People」です。イギリス、マンチェスターの音楽レーベル「ファクトリー」そしてクラブ「ハシェンダ」の栄枯盛衰を経営者のトニー・ウィルソンを中心に描いた映画です。ファクトリーの音楽同様、一部に熱狂的なファンのいるカルト的な映画です。10年以上前の映画ですいません、今まで観たことなかったんです。

10年遅れて観た奴が偉そうに言うのも何ですが、字幕の誤訳を発見してしまいました。字幕の誤訳なんて珍しくも何ともありませんが、ちょっとこれは映画のテーマにも関わる部分だと思うので、ファンのみなさんのためにも書いておきます。

映画の前半、セックス・ピストルズのライヴを観て新しい音楽文化の誕生を感じたトニー・ウィルソンはライヴ・ハウス商売に乗り出します。マンチェスターのライヴハウスを週1日だけ借り切って、そこに毎週自分が目を付けたバンドを出演させるという企みです。初日の盛況ぶりに気を良くしたライヴハウスのオーナーは、駐車場に停めたワゴン車に娼婦を呼んでそこにトニーを誘います。トニーは最初こそ遠慮したものの、ちゃっかりご相伴にあずかります。

その駐車場にトニーを探して彼の妻リンジーがやってきます。何やら怪しい物音のするワゴン車のドアをリンジーが開けると、娼婦の頭を股間に当てがったトニーの姿がありました。怒りに震えるリンジーはライヴハウス店内に戻り、トニーへの当て付けとしてハワード・デヴォートを誘います。

一方、コトが済んだトニーは店内に戻って妻を探しますが、今度はリンジーが見つかりません。トニーがトイレへ行くと奥の個室で怪しい物音がします。近づいてみると、ドアを開け放したままリンジーとハワードがフン、フン、フン、アン、アン、アンと行為の真っ最中でした。それでもトニーは冷静を装ったままリンジーに「失礼、車のキーは?」と尋ねます。リンジーもまた体勢はそのままで「バッグの中」と答えます。バッグから鍵を取り出したトニーは「ぼくは口だけだったけど、君はフルじゃないか」と捨てゼリフを残してその場を立ち去ります。それと同時にフン、フン、フン、アン、アン、アンの声が再開します。

さて問題のシーンはここからです。まずは日本語字幕版の通りに紹介します。

トニーが立ち去るトイレにゴム手袋をして洗面台を清掃している男がいます。黒ぶちメガネにスキンヘッドの男です。彼はおもむろに顔を上げてこう言います。

忘れたい出来事だった

その瞬間映像は停止してトニーのナレーションが入ります。

これはハワードの実話だ。僕らは水に流すことで同意したらしい。僕は賛成する。ジョン・フォード監督の「真実と伝説なら伝説を選べ」に

何となくわかったような、わかんないような、ちょっと変なセリフだと思いませんか?実はここの訳が変なんですよ。

この映画、登場するのはみな実在、あるいはかつて実在していた人ばかりなんですが、トニー・ウィルソンを始めすべての人物(ただしマーク・E・スミスを除く)を俳優が演じています。ですが、何人か本人がエキストラで出演していて、トイレ掃除をしていたのがハワード・ディヴォート本人なんです。

もう一度問題のシーンに戻りましょう。今度は英語原文と一緒に私の訳でいきます。ハワード・ディヴォート役の俳優がリンジー役と奥の個室でフン、フン、フン、アン、アン、アンとやっています。そこでトイレ掃除夫役のハワード・ディヴォート本人が顔を上げてこう言います。

これはまったく身に覚えのないことなんだ

I definitely don't remember this happening

この瞬間映像が停止してトニーのナレーションが入ります。

こちらがホンモノのハワード・ディヴォートだ。彼とリンジーは、これは事実じゃないと言い張っている。だが僕はジョン・フォード監督の言葉を支持する。「真実と伝説なら伝説を選べ」だ。

This is the real Howard Devoto. He and Lindsay insist we make clear that this never happened. But I agree with John Ford. When you have to choose between the truth and the legend, print the legend.

これならちゃんと意味が通りますよね。この映画がどんな映画であるかを登場人物自身が宣言しているシーンです。虚実ない交ぜの映画だよってバラしちゃってる重要なシーンです。

人間ねえ、これは真実だ、これが事実だって強く主張すると却って疑いの目で見る一方で、こんなの伝説だよ、虚構だよって言うとなぜかそこに真実を見い出そうとする変な癖があるんです。

前述の字幕はどうしてこんな間違いしちゃったかなあ。たぶんトイレの掃除夫がハワード・ディヴォートだと分からなくて「なんでこんなところで掃除夫がセリフを言うんだろう」って疑問を感じながら雰囲気で適当に訳しちゃったんだろうな。

あ、ハワード・ディヴォートって誰だか知らない?マガジンのヴォーカリストのハワード・ディヴォートです。次の映像は1977年、ちょうど映画のシーンと同じ頃にマガジンがトニー・ウィルソンの番組「So It Goes」に出演したときのものです。冒頭ちらっと映っているのがホンモノのトニー・ウィルソンです。

(2014/01/21 追記)

「"print the legend" が何で "伝説を選べ" になるの?」という質問をいだだきましたので捕捉します。

そうだよねぇ、今どきみんなジョン・フォードとかジョン・ウェインなんて知らないもんねぇ。これはですね、ジョン・フォード監督の映画「リバティ・バランスを射った男 (The Man Who Shot Liberty Valance)」に出てくる新聞記者の有名なセリフなんです。トニー・ウィルソンのセリフとはちょっと違います。

ここは西部です。事実が明らかになっても伝説のほうを記事にするんです

This is the West, sir. When the legend becomes fact, print the legend

新聞記事にして発行するから print なんです。あまり色々書くとこっちの映画のネタバレになってしまうので、興味ある人はジョン・フォードの映画をご覽ください。