In Memoriam: Trout Mask Replica, a photo by BGSU University Libraries on Flickr. |
キャプテン・ビーフハート(Captian Beefheart)を聴いたことがありますか?先日亡くなったドン・ヴァン・ヴリート(Don Van Vliet)がやっていたバンドです。
アヴァンギャルドと形容される音楽は、その実態はともかく頭のいい人たちが演る音楽ということになっています。そのテのアーティストはだいたい痩せっぽちでインテリっぽい顔をして、難しいことを話す人が多いからです。そのファンもまた、同じように性格の悪そうな人が多く集まります。素人がうかつに曲の感想などを述べることはできません。
キャプテン・ビーフハートこと、ドン・ヴァン・ヴリートの音楽もアヴァンギャルドに分類されるのですが、彼の場合はちょっと事情が異なります。それは彼のルックスが胡散臭そうなおっさんで、けっして頭良さそうには見えないからです。その分、曲を聴いて「何これ?変なのー」と気軽に言える親しみやすさを備えています。
またアヴァンギャルド・ミュージックといえば、その多くが即興演奏を中心としたものですが、キャプテン・ビーフハート & ヒズ・マジックバンド(Captain Beefheart & His Magic Band)の場合はぜんぜん違います。各パートの演奏内容は予めかっちりと決められており、そこからはずれることは許されないのです。バンドメンバーはその内容に沿って厳密に演奏しなければなりません。ロックやブルースというより、むしろクラシック音楽奏者的な正確さが求められます。
ヴォーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムなど、各楽器はそれぞれ異なるキー、リズム、メロディで曲が進行します。曲やパートによっては、キーとかくり返しパターンがまったくない場合もあります。個々のバンドメンバーは周りの音を聴きながら演奏すると、自分がどこ弾いているのわからなくなってします。かと言って聴かないとやはり曲がどこまで進んでいるのかわかりません。マジック・バンドのメンバーにとって、演奏するということは自分との戦いを意味していたのです。
「トラウト・マスク・レプリカ」時代にマジック・バンドでギターを弾いていたズート・ホーン・ロロ(Zoot Horn Rollo)による回顧録「ルナー・ノーツ」という本があります。そこに書かれているバンドの様子はまるで新興宗教か管理者養成学校のようです。ドンは教祖様かイケイケ企業のワンマン社長のようです。ロロは給料もろくに与えられず、合宿所に閉じ込められ、毎日毎日、朝から晩まで練習です。自分がそれまでに習得したテクニックはすべて忘れて、ドンが指示する通りに弾くよう強要されます。うまく弾けないとプライドというものが何であったのか思い出せなくなるくらい、長時間に渡ってミソクソにこきおろし、精神的に追い込みます。
聴いたことない人はおそらく何を言ってんだかわかんないでしょうから、とりあえず1曲お聴きください。アルバム「トラウト・マスク・レプリカ(Trout Mask Replica)」から「Hair Pie Bake 2」です。
いかがでしょう?バンドの一人一人が死に物狂いで戦っている様子、感じ取っていただけたでしょうか?「トラウト・マスク・レプリカ」には、そこらのアヴァンギャルドにはない血と汗と涙、根性と苦悩、陰謀と挫折があります。それが発表後40年経った今でもこの作品が愛されている秘密です。この後さらに60年経ち、今チャート上位にあるような音楽がすべて忘れられてしまっても、ビーフハートの音楽だけは「おいおい、いったいこれ何だよ?」とか言われながらも聴かれていることでしょう。
それにしても「鱒のマスクの複製」がなんで「鯉」なんだ?