2010/12/11

Object 47 - ワイアー

http://en.wikipedia.org/wiki/File:Wire_Object_47.jpg

若い人などは今でも、ロックバンドといえば「一発当たればお金持ちになれる商売」というイメージを抱いている人が多いかもしれません。残念ながら、もう既にそういう時代ではありません。バンド業だけで裕福な暮しができるのは、本当にごくごく一部の人たちだけです。

普通のロックバンドの現実は厳しいものです。バンドを維持していくためにはメンバーの食い扶持だけでなく、レコーディングやツアーのマネージメントをはじめ、諸々の手伝いをしてくれるスタッフの給料も払っていかなければなりません。サウンドにこだわって自前のスタジオやステージ機材を揃えたりすると、その維持、管理だけで毎月かなりのお金が飛んでいきます。それに所詮は人気商売です。CDを作ったから、ツアーをしたからといって、確実にお金が入ってくる保証はありません。

ワイアー(Wire)は1976年にイギリスで結成された4人組のバンドです。いわゆる 初期のロンドン・パンクとして登場しました。1990年代に一時活動を休止していたこともありますが、長い間ずっとオリジナルメンバーで活動を続けてきました。初期のパンクバンドとしてはかなり有名なほうですが、CD はそんなに売れません。ツアーでまわるのはどれも小さな会場です。

おまけにこの人たちは、あえて売れるのを拒否するようなやり方ばかりしています。ライブで演奏するのは毎回ほとんど新曲です。みんなの知ってる古い曲は、アレンジを大幅に変えて、すぐにそれと分からないように演奏します。たとえばバンド初期の人気曲に 12 XU というのがあるのですが、昔出したライブアルバムには、この曲が「イントロだけ」しか収録されていませんでした。「それでこそオリジナル・パンク、オトコのバンドだぜ!」と言えなくもないのですが、一方でお金にはずっと苦労してきたはずです。

30年以上も苦楽を共に活動を続けているので、ワイアーのメンバーはみな年を取っています。ずばりジジイです。しかも写真を見てわかる通り、全員かなりコワモテのジジイです。メンバーのうち三人は50代後半で、最高齢のブルース・ギルバート(Bruce Gilbert)は1946年生まれ、現在64歳です。グリーン・デイみたいなのをパンクだと思っている人がワイアーのライブへ行くと、ショーの間ずっと、ステージ上から爆音でコワいオヤジに脅迫されているような気分になるはずです。

そんなワイアーにも、一度だけまとまったお金が入ってきたことがありました。それは先日紹介したエラスティカ(Elastica)のコネクション(Connection)が売れたときです。実際、2000年代に入ってからのワイヤーの復活は、このときのお金が元手になって実現できたのだと思います。

復活して再び注目されるようになったワイアーは Read & Burn 01 と 02、そして Send という新作を作成しました。さらに、過去のライブ音源や映像の CD/DVD 化や旧作のリマスターに取り組みました。

1970年代後半登場のパンクバンドには、ヒッピー文化から引き継いだ平等主義思想の名残りが強く残っていました。そのためセックス・ピストルズ(Sex Pistols)を始め、多くのバンドが曲のクレジットを「メンバー全員の名前」で記載していました。初期のワイヤーもそうでした。

ところが、リマスター版のボックス・セットの発売に当たり、スリー・ガール・ルンバ(Three Girl Ruhumba)などファーストアルバム「ピンク・フラッグ(Pink Flag)」収録曲のクレジットを、実際に作曲に関わった人のものに変えようという提案がコリン・ニューマン(Colin Newman)から出されたのです。これに異議を唱えたブルース・ギルバートは、最終的にバンドを脱退することになってしまいました。傍から見ると、そんな30数年一緒にやってきて、お互いトシなんだからもうちょっと仲良く、と思うのですがそうはならないのが人生です。

現時点でのワイアーの最新アルバムは2008年に発表された「オブジェクト47(Object 47)」です。ブルース・ギルバート脱退後、初のアルバムということになります(正確に言えば、前作の Read & Burn 03 のレコーディングにもブルースは参加していないのですが)。

ギタリストのブルースがいなくなったためか、全体に轟音ギターと曲のテンポが抑えられています。特に1曲目「ワン・オブ・アス(One of Us)」はちょっと今までのワイアーにはなかったタイプの曲で、音だけ聴くと「さあみんなで手を取り、朝日に向かって歩き出そう」という雰囲気です。でも歌詞がやっぱりワイアーです。出だしはこんなフレーズで始まります。

文句を言ってもいいかな?きみがそんなつもりだったとは思ってもみなかった

思わず一緒に歌いたくなってしまう軽快なリフレインは

ぼくらの中の一人は、ぼくらが出会ったあの日を悔やむのだろう

もうあからさまにブルース・ギルバートへのあてこすりです。30数年一緒にやってきて、60という年齢で去って行ったメンバーに対して、そこまで言うかという内容です。

でもね、違うんです。ワイアーだから。ワイアーにかかれば仲間割れもアートになるんです。嘘だと思ったら、リフレインの部分、一緒に歌ってみてください。

One of us will live to rue the day we met each other

発音しやすいようにひらがなにすると、こうなります。

わーんの すぅぃ とぅ ぅぃ てぃ ち

歌っているうちに、ほら、One of Us の one が、あなたの知ってる誰かに思えてくるでしょう?なんだか切ない気持ちになってきたでしょう?さらに繰り返してると、だんだん自分自身のことのように思えてきます。

One of Us の元ネタは、ひょっとしたらこれかも

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