Johnny Rotten PIL, a photo by .noir photographer on Flickr. |
ロンドン・オリンピックが始まり、世の新聞やテレビ、ネットのニュースはオリンピック一色となりました。なんだが開会式ではセックス・ピストルズやPiL の曲がかかったようですが、そんな騒ぎを尻目にジョン・ライドンと PiL のおじさんたちは本日ロチェスターで開かれる Music Event One でのステージを皮切りに、ニューアルバム「This is PiL」を引っ提げての本格的なイギリス・ツアーを開始します。
もちろんコンサート動員的には無茶苦茶不利な状況ですから、普通のアーティストやバンドなら、オリンピックとのタイアップ企画でもない限り、こんな時期にイギリスでツアーをやったりしません。それを敢てやるのがジョン・ライドンであり、PiL というバンドです。なぜなら、この時期だからこそイギリスで歌わなければならない歌があり、鳴らさなければならない音があるからです。PiL がオリンピック期間中のイギリスの一角を占拠するわけです。「ロンドン・オリンピック対ジョン・ライドン」です。
オリンピックの開催に当たり、国や自治体はオリンピック開催に向けて競技やその付随施設建設や通信、交通機関の整備、国内外へ向けての大々的なプロモーションなどに莫大な額の税金を投入します。問題はその投資に見合う経済的な効果が得られるかどうかです。1948年のイギリスや1964年の日本には、間違いなく、それを上回る見返りがありました。オリンピックをきっかけに諸々の社会インフラを整備することで、多くの産業がその恩恵を受けられたからです。大規模施設、設備建設などの技術的な経験、蓄積も得られました。国内企業だけでなく、他の国との協力によって準備をすることで、海外との経済的な交流も活発化し、その後の貿易を飛躍的に促進するきっかけにもなりました。
でも世界上位レベルの高度なインフラを持ち、企業がグローバル化し、しかも工業が既に主産業ではなくなっている今のイギリスや日本のような国において、投入した税金に見合う恩恵を得られるのでしょうか?普通に考えて絶対無理です。
いや、そんなことはない。今でも投資に見合う大きな見返りが国全体にもたらされると主張する政治家や財界人はたくさんいます。巨大イベント事業であるオリンピックの開催を決めるのは、そういう政治家やそれを後押しする経済界の人たちです。お抱えの経済学者はオリンピックの経済効果について、わけのわからない数字を大量に並べて正当化します。
「今のイギリスにはオリンピックの費用を賄う余裕なんてないんだ。自滅行為だ。選手のサポートすらろくにできないんだぜ。連中は金もないのにアホな建物を建てたかっただけさ。地主たちにとっては、とんでもないゴールドラッシュだ。だが土地代がたんまり入ってくる奴がいる一方で、そこの住民たちは追い出される...」
「オリンピックはギリシャで生まれたんだろ?だったらギリシャでやればいい。」
「だけど水泳だけは好きなんだよ。水泳は得意なんだぜ。俺が幸せを感じるのは水の中、深い水の中(Deeper Water)なんだ。数年前、ダイビングの免許も取った。」
John Lydon talks PiL, Sex Pistols, Green Day and the Olympic Games
大企業から見れば、オリンピックというのは短期間に大きな収益を見込める、ものすごくおいしい事業です。もちろん短期的には確実に国内の仕事が増えます。だけどその話が本当なら、去年の夏、ロンドンでの大暴動はなぜ起きたんだ?去年の夏は、オリンピック準備の諸々の事業がピークで、仕事もたくさんあったはず。本当にたくさんのイギリス国民が恩恵を受けていたのなら、なんであんな暴動が起きるんだ?
少なくとも日本では、多くの人が去年の暴動のことなんか忘れてます。たぶんイギリスにもそういう人がたくさんいるはずです。でもジョニーは忘れてません。ニューアルバム「This is PiL」リリースに際してのインタビューやコンサートでの口上で、繰り返しあの暴動について言及しています。
「地に足を着けて、ちゃんとした価値観を持たなきゃならない。俺はそうした価値観をニューアルバムの曲に込めたつもりだ。俺は誰も傷付けたくないし、人の物を奪いたくもない。俺はこの世界をみんなと共有したい。俺は自分のスペースを主張する一方で、他の人間のスペースも尊重する。俺の足を踏みつけるな。だが俺にできることがあれば何か言ってほしい。」
「ちょうど(This is PiL の)レコーディングに入る頃、イングランドで暴動が起きて多くの人が死んだ。ひどい話だ。警察の署長、ロンドン市長、政治家たち、いわゆるリーダー連中はみな休暇中で、誰もコントロールできなかったらしい。責任者不在で明確な対応策もなく、何をすればいいのか分からないままの警官隊をあちこちうろうろさせただけだった。やがてガキどもがテレビやスーニカーを盗み出した。略奪の始まりさ。『このチャンスを逃す手はない』ってやつだ。」
「だがこのことはよく覚えておいたほうがいい。こんなことが起きるのはイギリスだけなんだ。ほかの国ではこんな事態にならない。あのガキどもは、夜どこにも行くところがないんだ。ソーシャルセンターは全部閉鎖されてしまい、ボールを蹴って遊べる芝生さえ、どこにもないんだ。」
今年に入ってからのコンサートではこの「Deeper Water」という曲が一番最初に演奏されています。阿呆どもの戯言を信用して岸に向かうな、深い沖を目指せ、深い水の中で生き抜けという内容の曲です。そこは権力者やリーダーがもはや存在しない、だけど足がつかなくて不安だらけ、自分の力で泳ぎ続けるしかない場所です。
「アイルランドに住んでたじいちゃんと一緒に釣りに行ったことがある。手漕ぎのちっぽけなボートで、海のうんと沖まで連れてかれたんだ。俺はまだすごく小さくて身体も弱かった頃なんで、ものすごく怖かった。だけど今にして思えば、すごくいい経験だったと思う。だからその後、泳ぎを覚えたときはプールの一番深いところで練習したんだ。いつでも足が付くような浅いところで練習しても、泳ぎは覚えられないってわかっていたからだよ。」
「ニューアルバムのレコーディングは、敢て何のアイディアもまとめずにいきなり始めた。それぞれの機材をセットして、お互いの顔を見つめる。『よし、じゃあ俺たちこれからどうするんだ?』ってさ。例によって足の付かない一番深いところから始めたってわけさ。」
「パンクの本質は立ち止まらず、前に進み続けることだ。」
「それでも実際にはみんな進歩してるんだぜ。(ピストルズでデビューした)俺の若い頃は、国を動かしている権力を持った連中は何だかんだ言ってもやっぱり普通の人間より頭が良くて、様々な問題を解決する知見を持ち、自分のすべきことがわかってると、多くの人が信じていたんだ。だけどそうじゃない! 今じゃそんなことを信じる奴は誰もいないだろ?」
Stiff upper lippy - John Lydon Interview
The Sunday Times, 6 May 2012
海は荒れ狂い、どんどんせり上がる
入江の中で、俺の頭の中で波に逆らい、涙の風を受けて船は進む
何年もの長い間、理由があって俺はここにいる怒りを露わにした阿呆どもは
軽はずみな判断を俺に下して
俺を岸に叩き付け
岩に激突させようとする
過去は水に沈み
轟く波が襲いかかる
俺は、より深い水を目指して飛び込むより深い沖の水を
より深い水を
より深い水を
より深い水を生気のない、無知で得体のしれない奴らが
あんたを酔わせ、危険を隠して岸へ導く
やがてあんたは岩に叩き付けられる海は荒れ狂い、どんどんせり上がる
入江の中で、俺の頭の中で危険を顧みず、涙の海を船は進む
何年もの長い間ずっと、理由があって俺はここにいる
来る年も、来る年もだが俺の船は決して沈まない
俺は溺れたりしない
俺はより深い沖の水を目指すより深い水を
より深い水を
より深い水を目指す
より深い水を俺は溺れたりしない、絶対に
俺はより深い沖の水を目指す
帆を揚げ、ボイラーに燃料をくべて
水へ飛び込む
どんなに深くても、俺は溺れたりしないより深い水を
より深い水を
より深い水を目指す
より深い水をより深い水を
荒れ狂う海の中を
俺は溺れたりしない
より深い水を目指す
より深い水を