2012/07/28

どんなに深くても、俺は溺れたりしない (Deeper Water - パブリック・イメージ・リミテッド)

Johnny Rotten PIL
Johnny Rotten PIL, a photo by .noir photographer on Flickr.

ロンドン・オリンピックが始まり、世の新聞やテレビ、ネットのニュースはオリンピック一色となりました。なんだが開会式ではセックス・ピストルズやPiL の曲がかかったようですが、そんな騒ぎを尻目にジョン・ライドンと PiL のおじさんたちは本日ロチェスターで開かれる Music Event One でのステージを皮切りに、ニューアルバム「This is PiL」を引っ提げての本格的なイギリス・ツアーを開始します。

もちろんコンサート動員的には無茶苦茶不利な状況ですから、普通のアーティストやバンドなら、オリンピックとのタイアップ企画でもない限り、こんな時期にイギリスでツアーをやったりしません。それを(あえ)てやるのがジョン・ライドンであり、PiL というバンドです。なぜなら、この時期だからこそイギリスで歌わなければならない歌があり、鳴らさなければならない音があるからです。PiL がオリンピック期間中のイギリスの一角を占拠するわけです。「ロンドン・オリンピック対ジョン・ライドン」です。

オリンピックの開催に当たり、国や自治体はオリンピック開催に向けて競技やその付随施設建設や通信、交通機関の整備、国内外へ向けての大々的なプロモーションなどに莫大な額の税金を投入します。問題はその投資に見合う経済的な効果が得られるかどうかです。1948年のイギリスや1964年の日本には、間違いなく、それを上回る見返りがありました。オリンピックをきっかけに諸々の社会インフラを整備することで、多くの産業がその恩恵を受けられたからです。大規模施設、設備建設などの技術的な経験、蓄積も得られました。国内企業だけでなく、他の国との協力によって準備をすることで、海外との経済的な交流も活発化し、その後の貿易を飛躍的に促進するきっかけにもなりました。

でも世界上位レベルの高度なインフラを持ち、企業がグローバル化し、しかも工業が既に主産業ではなくなっている今のイギリスや日本のような国において、投入した税金に見合う恩恵を得られるのでしょうか?普通に考えて絶対無理です。

いや、そんなことはない。今でも投資に見合う大きな見返りが国全体にもたらされると主張する政治家や財界人はたくさんいます。巨大イベント事業であるオリンピックの開催を決めるのは、そういう政治家やそれを後押しする経済界の人たちです。お抱えの経済学者はオリンピックの経済効果について、わけのわからない数字を大量に並べて正当化します。

「今のイギリスにはオリンピックの費用を賄う余裕なんてないんだ。自滅行為だ。選手のサポートすらろくにできないんだぜ。連中は金もないのにアホな建物を建てたかっただけさ。地主たちにとっては、とんでもないゴールドラッシュだ。だが土地代がたんまり入ってくる奴がいる一方で、そこの住民たちは追い出される...」

「オリンピックはギリシャで生まれたんだろ?だったらギリシャでやればいい。」

「だけど水泳だけは好きなんだよ。水泳は得意なんだぜ。俺が幸せを感じるのは水の中、深い水の中(Deeper Water)なんだ。数年前、ダイビングの免許も取った。」

John Lydon talks PiL, Sex Pistols, Green Day and the Olympic Games

大企業から見れば、オリンピックというのは短期間に大きな収益を見込める、ものすごくおいしい事業です。もちろん短期的には確実に国内の仕事が増えます。だけどその話が本当なら、去年の夏、ロンドンでの大暴動はなぜ起きたんだ?去年の夏は、オリンピック準備の諸々の事業がピークで、仕事もたくさんあったはず。本当にたくさんのイギリス国民が恩恵を受けていたのなら、なんであんな暴動が起きるんだ?

少なくとも日本では、多くの人が去年の暴動のことなんか忘れてます。たぶんイギリスにもそういう人がたくさんいるはずです。でもジョニーは忘れてません。ニューアルバム「This is PiL」リリースに際してのインタビューやコンサートでの口上で、繰り返しあの暴動について言及しています。

「地に足を着けて、ちゃんとした価値観を持たなきゃならない。俺はそうした価値観をニューアルバムの曲に込めたつもりだ。俺は誰も傷付けたくないし、人の物を奪いたくもない。俺はこの世界をみんなと共有したい。俺は自分のスペースを主張する一方で、他の人間のスペースも尊重する。俺の足を踏みつけるな。だが俺にできることがあれば何か言ってほしい。」

「ちょうど(This is PiL の)レコーディングに入る頃、イングランドで暴動が起きて多くの人が死んだ。ひどい話だ。警察の署長、ロンドン市長、政治家たち、いわゆるリーダー連中はみな休暇中で、誰もコントロールできなかったらしい。責任者不在で明確な対応策もなく、何をすればいいのか分からないままの警官隊をあちこちうろうろさせただけだった。やがてガキどもがテレビやスーニカーを盗み出した。略奪の始まりさ。『このチャンスを逃す手はない』ってやつだ。」

「だがこのことはよく覚えておいたほうがいい。こんなことが起きるのはイギリスだけなんだ。ほかの国ではこんな事態にならない。あのガキどもは、夜どこにも行くところがないんだ。ソーシャルセンターは全部閉鎖されてしまい、ボールを蹴って遊べる芝生さえ、どこにもないんだ。」

John Lydon Ages (Sorta) Gracefully

今年に入ってからのコンサートではこの「Deeper Water」という曲が一番最初に演奏されています。阿呆どもの戯言(たわごと)を信用して岸に向かうな、深い沖を目指せ、深い水の中で生き抜けという内容の曲です。そこは権力者やリーダーがもはや存在しない、だけど足がつかなくて不安だらけ、自分の力で泳ぎ続けるしかない場所です。

「アイルランドに住んでたじいちゃんと一緒に釣りに行ったことがある。手漕ぎのちっぽけなボートで、海のうんと沖まで連れてかれたんだ。俺はまだすごく小さくて身体も弱かった頃なんで、ものすごく怖かった。だけど今にして思えば、すごくいい経験だったと思う。だからその後、泳ぎを覚えたときはプールの一番深いところで練習したんだ。いつでも足が付くような浅いところで練習しても、泳ぎは覚えられないってわかっていたからだよ。」

「ニューアルバムのレコーディングは、(あえ)て何のアイディアもまとめずにいきなり始めた。それぞれの機材をセットして、お互いの顔を見つめる。『よし、じゃあ俺たちこれからどうするんだ?』ってさ。例によって足の付かない一番深いところから始めたってわけさ。」

「パンクの本質は立ち止まらず、前に進み続けることだ。」

「それでも実際にはみんな進歩してるんだぜ。(ピストルズでデビューした)俺の若い頃は、国を動かしている権力を持った連中は何だかんだ言ってもやっぱり普通の人間より頭が良くて、様々な問題を解決する知見を持ち、自分のすべきことがわかってると、多くの人が信じていたんだ。だけどそうじゃない! 今じゃそんなことを信じる奴は誰もいないだろ?」

Stiff upper lippy - John Lydon Interview
The Sunday Times, 6 May 2012

海は荒れ狂い、どんどんせり上がる
入江の中で、俺の頭の中で

波に逆らい、涙の風を受けて船は進む
何年もの長い間、理由があって俺はここにいる

怒りを(あら)わにした阿呆どもは
軽はずみな判断を俺に(くだ)して
俺を岸に叩き付け
岩に激突させようとする
過去は水に沈み
(とどろ)く波が襲いかかる
俺は、より深い水を目指して飛び込む

より深い沖の水を
より深い水を
より深い水を
より深い水を

生気のない、無知で得体(えたい)のしれない奴らが
あんたを酔わせ、危険を隠して岸へ(みちび)
やがてあんたは岩に叩き付けられる

海は荒れ狂い、どんどんせり上がる
入江の中で、俺の頭の中で

危険を(かえり)みず、涙の海を船は進む
何年もの長い間ずっと、理由があって俺はここにいる
来る年も、来る年も

だが俺の船は決して沈まない
俺は溺れたりしない
俺はより深い沖の水を目指す

より深い水を
より深い水を
より深い水を目指す
より深い水を

俺は溺れたりしない、絶対に
俺はより深い沖の水を目指す
帆を()げ、ボイラーに燃料をくべて
水へ飛び込む
どんなに深くても、俺は溺れたりしない

より深い水を
より深い水を
より深い水を目指す
より深い水を

より深い水を
荒れ狂う海の中を
俺は溺れたりしない
より深い水を目指す
より深い水を

2012/07/13

イギー・ポップと野菜畑とニューアルバム Après

ちょっと遅くなっちゃったんですが、イギー・ポップのニューアルバムAprès(アプレ)をご紹介します。

前作 Préliminaires (2009)から3年ぶりとなるソロ作品で、5月下旬に発売されてるんですが、知らない人も多いと思います。というのもこのアルバム、所属レコード会社(EMI)から「こんなもん売れねえ!」とリリースを拒否されてしまったため、通常と異なるルートで販売されることになり、日本ではまったく宣伝されていないからなんです。

このアルバムに限り Believe Digital という会社が販売を担当しています。基本はダウンロード販売で、物理的な CD はフランスのオンライン・オークション・サイト Vente Privée を通じてのみ販売されるという、きわめて変則的な形でのリリースとなりました。

そんなんじゃ売れないと思うでしょう。ところが売れたんですよ。販売直後にフランスのアルバム・チャートで何と3位、ダウンロード・チャートでも11位になったんです。イギー史上、初の快挙!もう従来のレコード会社というものが、完全に役立たずで、いらない存在になってるということが、ここでもまた証明される結果となりました。

日本でも iTunes Store や Amazon MP3 で購入できます。そのほか、CD の販売もその後拡大されたらしく、国内のショップにも輸入盤がぼちぼち入荷しています。

さて肝心の内容なんですが、前作のタイトルが「準備」を意味するフランス語 Préliminaires で、今度もまたフランス語、「後」を意味する Après です。二部作の後編と考えて差し支えないでしょう。ただし今回オリジナル曲はなし、スタンダード曲中心のカヴァーで、エディット・ピアフやハリー・ニルソン、ビートルズの曲などを歌っています。また「死」をテーマにした厭世的なトーンの前作に対し、今回はずいぶんやわらかな、明るい雰囲気の作品に仕上がっています。

ここは俺のやる気を保つための家なんだ。2500人しかいない小さな村の中さ。マイアミの最も危険な地域のすぐ隣りなんだけど、ここはまったく別の場所みたいに感じられる。

ここは俺の野菜畑。ミシェル・オバマがホワイトハウスで野菜を作ってるって話を聞いて、これを思いついたんだ(笑)。すごくいいアイディアだろ。ここへ帰って来たらまず野菜を収穫して、それを切ってパテに混ぜて食べるんだ。

20年くらい前、ひどく体調を崩したときに韓国人の武道家に出会ったんだ。彼は俺に太極拳とその基礎となってる気功を教えてくれた。それ以来毎日かかさず実行してる。ある決まったの型の組み合わせによって心を落ち着かせ、エネルギーを作り出すんだ。

俺はここ15年か20年くらい、オフステージの生活を少しずつ、静かでゆっくりしたものにしてきた。俺に必要なことだった。そうすると、次第に声の出が良くなり、情熱を感じる対象が変わってきた。俺が子どもの頃に聴いてたような、静かな曲が歌いたくなってきたんだ。

ストゥージズのツアーで2ヶ月ずっとウワー oowUG! ファック・ユー uuQ!fw%^n$ ファッキン・ヘル !wwDgjki=#B!! ヘイ werQ!! ウワゥ vv%#oOO !ウワゥ!!とやった後、家に帰って考えたんだ。よし、スタジオでそんな曲を歌ってみようって。

そんなわけで俺は穏やかで地味な生活を送ってる。静かな生活だよ。ただしときにまだ、悪魔が俺に語りかけるんだよ。セラヴィ、ま、人生なんてそんなもんさ。

このアルバムで私が一番気に入ったのは、エディット・ピアフ(Édith Piaf)の曲、La Vie en Rose です。「エディット・ピアフ?誰それ?」という人でも聴けば必ず「ああ、これ聴いたことある」というくらい有名な曲です。イギーはフランス語でオリジナルの歌詞を歌っているのですが、曲のアレンジはなぜかシャンソンじゃなく、スローなジャズ・アレンジになっています。

イントロは空に向かって小さなしゃぼん玉をたくさん、ふーって吹いたときみたいな、印象的なピアノ・フレーズで始まります。続いて古いニューオリンズ・ジャズ風のトランペット(コルネット?)がメロディを奏でます。ああ、何だかルイ・アームストロングみたいでいいな、ルイ....っていうか、これ、そのまんまじゃん。

La Vie en Rose はルイ・アームストロング(Louis Armstrong)による、これまた有名なカヴァー・ヴァージョンがあるんですが、アレンジはこのアームストロング・ヴァージョンがほとんどそのまま使われているんです。つまり、イギーはエディット・ピアフとルイ・アームストロング、二人の曲をいっぺんにカヴァーしてることになるの、かな?

2012/07/06

Daytrotter で Haim のスタジオ・ライヴ公開

枚数限定リリースのアナログ盤 EP 「Forever」はみなさんお手元に届きましたでしょうか?Rough Trade の方は既に売り切れ、National Anthem の方も在庫僅かとなっています。「えっ、知らなかった。そんなのあったの?」という方は、今すぐ注文することをお勧めします。

ハイム(Haim)、音はプロフェッショナルだし、ちゃんとしたプロモーションビデオも作ってるし、ジャケット写真なんかもお洒落なんで、普通にレコード会社と契約してるバンドと勘違いされそうですが、今のところまだ独立系家族経営バンドです。

なので、手がまわんないんでしょうか。色々やってる割には宣伝が行き届いてない感じです。公式サイトのほか、FacebookTwitter のアカウントもあるんですが、ライヴや EP の販売さえちゃんとアナウンスされていない状況です。

つい先日 Daytrotter で4曲のスタジオ・ライヴが公開されたのですが、これも公式アナウンスが何もありません。しょうがないなあ。えー、今回 Daytorotter で録音されたのは以下の4曲です。

  1. Honey & I
  2. The Wire
  3. Go Slow
  4. Let Me Go

Honey & I が(たぶん)新曲。Go Slow は EP にも収録されてますね。The Wire と Let Me Go はライヴでお馴染の曲です。ライヴでのワイルドな演奏がハイムの魅力のひとつなんですが、観客のいないスタジオ・ライヴってことで、ちょっと抑えた感じになっています。恒例となっている Let Me Go エンディングの全員ドラム乱れ打ちも入ってませんが、ハイムのちょっと違う面が聴けます。

(2012/07/12 追記)Honey & I は SXSW でも演奏していました。YouTube でそのときの演奏が見られます

Daytrotter は有料の音楽サイトで登録が必要なんですが、7日間の無料お試しができるので、アカウントを持ってない人はこの機会にお試しください。ほかにも First Aid Kit とか Anaïs Mitchell などのスタジオ・ライヴもあります。

もうひとつ、チャイルディッシュ・ガンビーノ(Childish Gambino)が、Royalty というミックステープを無料公開しており、その中の Won't Stop という曲に次女のダニエルが参加してます。Foever のプロデューサー Ludwig Göransson はチャイルディッシュ・ガンビーノのアルバムもプロデュースしてるので、そのつながりで参加したものと思われます。

最後はこのブログで紹介してなかったヴィデオ、今年の SXSW で撮影されたもので、Go Slow のピクニック・バージョンです。3人揃ってかけ慣れない感じのサングラスをしているのは、通販メガネ・ブランドの Warby Parker がスポンサーになってるからです。

「俺たち」が生まれたところ (One Drop - パブリック・イメージ・リミテッド)

Johnny Rotten PIL
Johnny Rotten PIL, a photo by .noir photographer on Flickr.

35年前、ジョニー・ロットンはセックス・ピストルズの曲「God Save The Queen」で「お先真っ暗だ (No Future)」と歌いました。言葉の表面だけ見れば絶望の歌です。だけど当時セックス・ピストルズに飛び付いた若者たちがこの曲に感じたのは絶望なんかじゃありません。当時、中学生でこの曲を聴いた当事者として断言します。ピストルズの曲、ジョニーの歌に感じたものは「希望」です。ああ、こうやって「自分」を出してもいいんだ。こういうのが、ありなんだ。そういう驚きと希望です。

この現実の世界は「裸の王様」の世界です。大人たちは薄々「本当は王様は裸なんじゃないか」と気付いていますが、なぜか「そう言っちゃいけない」という暗黙のルールに縛られています。なぜ言っちゃいけないのか、もし言ったら何が起きるのか、考えること自体を恐れています。言わないことで自分や家族を守ってるのかもしれません。ただし波風を立てないというだけで、それが果して本当に守り切れるのか、事態をさらに悪化させているだけじゃないのか、というところまでは考えが及んでいません。今までそれで大丈夫だったんだから、今まで通りにしていれば大丈夫なはずだ。大抵はそんなところでしかありません。

そこへ恐れを知らぬ少年ジョニー・ロットンが登場して言ったわけです。「よく見ろよ。王様はどこをどう見たって、ありゃ裸だろ。」それまで大人たちが必死に支えてきたルールの崩壊する音が聞こえました。

本当はジョニーも怖くなかったわけじゃありません。得体の知れない圧力や怖さを感じてなかったはずはありません。にも関わらずひとり勇気を振り絞ったのは、何よりまず、その圧力に押し潰されそうだった自分自身を救いたかったためです。

ピストルズが俺を救ってくれたんだよ。ピストルズが俺を惨めさのどん底から、労働者階級の貧困生活から助け出してくれたんだ。ピストルズに参加したおかげで、俺は既成の枠組みにとらわれず、自分のアタマでものを考られるようになった。以来、俺は変わずそうし続けてる。俺は自分の考え方に自信を持ってる。失敗したとか、間違っていたとか、馬鹿なことをしたなんて、少しも思っていない。そんな気持ちになってしまうような、浅はかな考え方はとうの昔に捨てたんだ。

俺は人生にきちんと決着をつけたいんだ。正しいものにしたいんだ。自分だけじゃな 。ほかの人たちも、もっとマシな生き方ができるようにしたいと思っている。

人がどう思ってるかは知らないが、ピストルズの曲はみんなそういう歌なんだ。権利を剥奪された人間の歌だ。そりゃ今まで生きてきて色々良いこともあったよ。だからといって、子どもの頃受けたひどい仕打ちを忘れることはできない。俺をでき損ない扱いして、不当に扱った規則や決まりを決して忘れはしない。

emusic Interview: John Lydon

今年の2月、BBC 6 Music で放送された「One Drop」を初めて聴いたとき、何か昔初めてピストルズを聴いたときのような感じが甦りました。もちろん曲調はピストルズとは似ても似つかないのに、です。今までジョン・ライドンの中で二つに分かれていたピストルズ的なものと PiL 的なものが、一つになりつつあるんだと感じました。何がそう感じさせているのかは、すぐに分かりました。従来の PiL の曲にはなかったどこか暖かみのあるサウンドと共に、歌の主語に We が使われているからです。

ご存知の通り「God Save The Queen」や「Pretty Vacant」など、ピストルズ時代の曲には主語として We が頻繁に登場しています。ところが PiL の時代になると(Fodderstompf のようなごく一部の例外を除き) We は使われなくなり、主語はもっぱら I になりました。「俺たち」を封印し、常に「俺」の立場からだけ歌うようになったのです。これは俺だ、おまえじゃない。俺の歌だ。安易におまえと俺を同一視するな、というのが 、ピストルズから PiL へのジョン・ライドンの大きな変化であったわけです。

20年ぶりのニューアルバム「This is PiL」とその中の曲「One Drop」は、PiL 史上初めて、ジョン・ライドンが自分自身に We と歌うことを許した記念すべき曲です。曲の前半は次のように歌われます。

俺の名はジョン、ロンドンで生まれた
俺は人の弱みにつけこんだりしない
それが俺の流儀だ

俺たちの法則、それはルールと無縁、自由であること
混沌が俺たちを生んだ
俺たちを変えることなど、誰もできない
誰もそのわけを説明できない
だがそれこそが
俺達が俺達たる所以(ゆえん)

年齢なんか関係ない
俺たちは皆ティーンエイジャーだ
俺たちは絶望から這い出して
注目の的となった
俺たちが
最後のチャンスだ
俺たちが
最後のダンスだ

これだけだと、ジョンが自分自身とピストルズや PiL の仲間たちのことだけを歌っているようにも聞こえますが、曲の後半でそうではないことが明らかになります。

俺たちはロンドンで生まれた
ロンドン以外でも生まれた
ロンドンでも生まれた
ああ本当は、世界中いたるところで生まれたのさ

そう、この曲はジョン個人やその仲間のことだけ、あるいは同世代の人間やロンドンのことだけを歌ったものではありません。「俺たち」の歌です。

世界中であらゆるものが経済的、社会的な崩壊の危機に瀕している。この問題を自分なりに理解するためには、ごく個人的なところから考え直さなくちゃならない。だから俺は自分の子どもの頃のことを分析したんだ。まだ音楽の世界に入る前、仕事のない一人の若者として、どう感じていたかってことさ。それで「俺たちはティーンエイジャーだ。年齢なんか関係ない。」ってリフレインが生まれたんだ。

俺たち末端の人間のことなんか少しも考えない政府は、邪魔者以外の何者でもない。昔から少しも変わっていないんだ。不幸なことに行き着く先はいつも暴動さ。ほかに俺たちに何ができるって言うんだ?暴動ってのは、手っ取り早い息抜きなんだよ。だがそれは常に、誰かが傷付けられたり殺されたりという最悪の結果に終わる。

もちろん暴動を容認しようなんて考えはさらさらない。だが暴動に加わってしまう連中の気持ちはよくわかる。毎日がフラストレーションで、爆発しそうな状態なんだよ。開放弁のない圧力鍋みたいなもんさ。あらゆる問題の原因がそこにあるんだ。

俺は幸運にもキャリアのスタートで、歌を書くという役割を授かった。そして、それを途中で放り出さず、正しく誠実に作り続けることに力を注ぎ続けてきた。俺にとってはそれが人生最高のチャンスで、捨て去るなんて考えられない。俺の歌は俺の魂から生まれる。音楽が俺の魂なんだ。レディー・ガガも言ってるだろ「こうなる運命の(もと)に生まれてきたんだ (Born This Way)」って。

Public Image Ltd. What You Get