2013/06/07

「死ぬ覚悟はできている」そう言ってじじいたちは立ち上がった (Ready to Die - Iggy and The Stooges)

Iggy and The Stooges - Ready to Die

唐突ですがここでひとつ、世界中の若い人たちが気付いていない重大な事実をお知らせします。人はみな誰でも年を取ります。肉体がだんだん衰えて、やがて死に至ります。

そんなの嘘だ、俺に限って年を取ることなんて絶対ない。そう思ってる人も多いことでしょう。今のあなたには信じられないことでしょうが、まぎれもない事実です。

年を取って肉体が衰えてくると、以前はよく見えてはずのものがだんだんよく見えなくなってきます。ちゃんと聞こえていた音が聞こえなくなってきます。何か言おうとすると咄嗟に言葉が出てこなくなったり、身体のあちこちがひっきりなしに痛むようになってきます。新しい言葉や名前がなかなか憶えられなくなってきます。以前は歩いて行くのが当り前だった所が、遠くて辿り着くことが困難な場所に思えてきます。いつでも来ようと思えば来られた場所が、ああここに来るのももう最後なのかなと思えてきます。

健康に気を付けて身体を鍛えていれば衰えも緩やかになる?うん、そうかもしれません。だけど若い時代の「身体を鍛える」という行為は「今日の自分より明日の自分のレベルを上げる」ためのものです。一方年を取ってからのそれは「今日の自分のレベルを明日も何とか維持する」ためのものです。それもやがて「今日より明日の自分のレベルが下がってしまうのは仕方ないけど、その下がり方をなるべく少なくする」ための鍛錬になってきます。それに無理をして怪我などをするとなかなか直りません。若いうちは骨折したってすぐに直って、怪我をしたことすらすぐに忘れてしまいますが、年を取ってからの骨折は完全に回復することなく、いつまでも痛みを抱え続けることになります。

以前は何ということのなかったこと、当り前にできていたことが自分ひとりではできなくなる。年を取るというのはそういうことです。

30年近くもの長い間、ソロ・シンガーとして活躍してきたイギー・ポップ(Iggy Pop)が大昔に解散したバンド、ストゥージス(The Stooges)を再結成したのは2003年、イギーが56歳の頃です。もちろん本人はそんなこと言ってませんが、おそらくは自分ひとりの力に限界を感じ、頼れる仲間を求めてのことだったのだと思います。

そしてそのストゥージズ再結成からさらに10年が経ちました。イギーは今年66歳です。この10年の間にストゥージズのギタリスト、ロン・アシュトン(Ron Asheton)が亡くなりました。ドラマーのスコット・アシュトン(Scott Asheton)も2011年に倒れ、現在もツアーには復帰できていません。同じ頃イギー自身も左足を骨折しツアーをキャンセル、その後今も足を引き摺りながらステージに立っています。

そんな中でこの4月末、ニューアルバム「Ready to Die」がリリースされました。イギーのアルバムと考えれば前作「Après」からわずか11ヶ月ぶりですが、ザ・ストゥージズのアルバムとして考えれば「The Weirdness」から5年ぶりです。ジェイムス・ウィリアムスン(James Williamson)がギターを担当するイギー・アンド・ザ・ストゥージズのアルバムとして考えれば「Raw Power」以来、実に40年ぶりのリリースとなります。

イギーを始め、現在のストゥージズの面々、どこからどうみても肉体の衰えが明白なじじいたちです。そこまでしてなぜステージに立ち続けるんでしょう?

それはきっと世界を救うためだと思います。

落ち込んでいく気持ちを抑えられない
陰鬱な自分が嫌でたまらない
俺は死を覚悟で
高望みしてやる

しょぼくれた街が俺を落ち込ませる
しかめ面で過ごすのは快適だぜ
俺は死を覚悟で
高望みしてやる

この薄っぺらな皮膚の下には怒りが詰まってる
俺がこの世界に厳然たる判決を下してやる
俺は死を覚悟で
高望みしてやる

ライヴ映像が観たいという人は以下をどうぞ。

NPR Misic: Iggy & The Stooges, Recorded Live At (Le) Poission Rouge
2013年4月28日、アルバム「Ready to Die」からの曲を多数披露した発売直前特別ライヴ。
Moshcam: Iggy & The Stooges Live in Sydney
シドニーでのライヴ。2013年4月2日におこなわれたコンサートのフル映像。アルバム発売までまだ約1ヶ月あったためか、新曲は「Burn」1曲のみ。ただし Kill City や Johanna などジェイムス・ウィリアムスンとの共作曲を多数演ってます。

2013/05/25

どうしてそんなものが今聴こえてるんでしょう? (The Number One Song in Heaven - Sparks)

Two Hands One Mouth: エクトプラズム吐いてます

この3月に発売されたスパークス(Sparks)のニューアルバム「Two Hands One Mouth」は彼らの約40年に及ぶキャリア、通算23枚目にして初めてのライヴ・アルバムです。2012年の秋から始まったアルバムと同名のツアーでのパフォーマンスをライヴ録音、約1時間半、全21曲が収録されています。

電子楽器を使ったダンス音楽のオリジネーターとして知られているスパークスですが、今回のツアーはロンとラッセルのメイル兄弟だけで、バンドはいません。ロンの二本の手によるキーボード演奏、そしてラッセルの口から出てくる歌声、それだけです。だから Two Hands One Mouth なんです。

「ああ、アコースティック編成のいわゆるアンプラグドねー」と思う人が多いでしょうが、そう言うとスパークスの二人は「そんなんじゃないっ!」って怒ります。一見温和に見えますが、そういう頑固なところのある二人です。そうじゃないと40年もずっとやってこられません。

ロン・メイル: (Two Hands One Mouth ツアーを実現するに当たって)最も大変だったのは、もちろんバンドを使わずにキーボードだけで曲を演奏しなくてはならないということだよ。だからといって、いわゆるシンガーソングライターのステージみたいにはしたくなかった。穏やかな調子で「次はぼくが1987年に書いた曲です。聴いてください」なんてのは真っ平だからね。我々は攻撃的な調子を保ったままでこれを実現したかったんだ。キーボードと歌だけでうまくいく曲を選び、キーボードでの演奏内容を見つけ出していった。(バンドなしの状況では)いつもと同じキーボード・パートを弾くわけにはいかないからね。新たなものが必要だったんだ。

ラッセル・メイル: 「つまりアコースティックなツアーをやるってことですね」って受け止める人もいたよ。ぼくらは別にアコースティックを軽蔑してるわけじゃないよ。アコースティックって言葉につきまとってるイメージが嫌なんだ。シンガーソングライターが訥々と語り、自らの魂を露わにしていく... みたいな。ぼくらはスパークスの強靭さ、突進力とかパーソナリティを保ったまま、それを二人だけで実現する方法を見つけたかったんだ。

ロン: 往々にして我々は曲よりもスタイル重視のバンドと思われがちだからね。我々の曲は伝統的な楽曲とは違うけど間違いなく音楽なんだって、今回のやり方はそれを知ってもらういい機会になるかもしれない、そう思ったんだ。

ラッセル: 歌詞はオリジナルから変えてはいないんだけど、声とキーボードしかないせいで、違って聴こえるかもしれない。スタジオのレコーディングでは歌詞がバックの音に埋もれてしまうことがしばしばあって、歌詞の意味がわかりにくくなってしまうんだ。だけど今回のツアーでは歌詞が目立って聴き取りやすくなってるはずだよ。

INTERVIEW: Sparks

ということですので、スパークスの強靭さ、突進力を感じ取るため、このアルバムは大音量で聴くことをお勧めします。

さて、次に紹介するのはこの Two Hands One Mouth ツアーの映像です。1979年、天国でナンバーワン・ヒットとなった曲です。きみにはこのステージに立つ二人の変なおじさんたちの背中に羽があるのが見えるかな?

これは天国のナンバーワン・ソングです
万能なる御手(みて)によりつくられた曲です
天使たちはみな主の囲いの中にいる羊です
彼らは主とそのおぼしめしにしたがうのです

これは天国のナンバーワン・ソングです
どうしてそんなものが今聴こえてるんでしょう?
それはたぶん
きみは自分が思ってるよりずっと
ここに近づいているせいじゃないかな
きみが望んでいるよりずっと
ここに近いところにいるせいじゃないかな

2013/05/13

Haim のアルバム・リリースはまだ少し先になりそうです

Haim @ Stubb's for SXSW
Haim @ Stubb's for SXSW, a photo by ConcertTour on Flickr.

フジロックへの出演でいよいよ初来日が決まった Haim、デビュー・アルバムは5月くらいに出るんじゃないかという噂だったのですが、まだもうちょっとかかるみたいです。この5月後半、ヴァンパイア・ウィークエンドのサポートとして予定していたツアーをキャンセルしてアルバムを仕上げるという Tweet が流れていました。

そうするとアルバム発売は来日には間に合わない可能性大だなあ。まあ出来ていないものはいくら出せって言っても出て来ないので、おとなしく待ってるしかありません。それでなくても Haim、今ものすごく忙しいんですよ。こっちのツアー日程見てわかる通り、イギリス、ヨーロッパと北米を入ったり来たり、8月末まで目いっぱいライブが詰まってます。

今でこそ注目の新人バンドとして大忙しの Haim ですが、その名前が知られるようになったのは、わずか1年ほどのことです。まずは次のヴィデオをご覽ください。昨年の春、SXSW での Haim のステージです。

Haim のステージそのものは今と変わりありません。だけど観客は嘘みたいにまばらです。ジャイアンの空き地リサイタルほどの人数しかいません。ステージ真正面で写真を撮った後、演奏途中で立ち去る無礼な女が腹立たしいです。

続いて今年の SXSW です。ステージ上の Haim は去年と変わらぬマイペースです。なのに観客はどうしてここまで違うんだ?この観客はどっから湧いてきたんだ?というくらいの勢いです。

ということで教訓。有名、無名にかかわらず、素晴しい音楽やそのプレイヤーにはちゃんと敬意を持って接しましょう。去年の SXSW Haim のステージ途中で立ち去ったあの女性は今頃、天罰がくだっているに違いありません。

(2013/06/18追記)その後のインタビューによると、アルバムの発売は夏の終わりになるそうです。9月くらいかな?

2013/05/11

パンクってのは愛のことだ! (Public Image Ltd Live in Sydney)

PiL Sydney Concert

みなさんお待ちかね、先月4月10日にオーストラリアのシドニー、エンモア・シアターでのパブリック・イメージ・リミテッド(Public Image Ltd)のライヴ映像が Moshcam で公開されました。全17曲、2時間強のライヴすべてがおうちで誰もが無料で観られるんです。しかもその映像と音は、共にこれまでの PiL のライヴ・ヴィデオの中でも最高の品質なんです。これを幸せと呼ばずに何と呼びましょう。

3月末から始まった今年の PiL ツアー、オーストラリアは中国、日本に続いて3カ国目です。PiL が最後にオーストラリアでコンサートをしたのは1989年のことですから、実に24年ぶりのオーストラリアということになりますが、映像を見てわかる通り、前回のコンサートのときにはまだ生まれていなかったような若いファンもたくさん集まっています。

ついでなんでこの Moshcam というサイトについて説明しておきましょう。Moshcam は様々なアーティストのコンサートをインターネット上で配信しているオーストラリアの会社です。2007年の設立で、最初はもっぱらシドニーでのライヴを撮影して配信していたんですが、どんどん勢力を伸ばして最近はロンドンやニューヨークなど他の都市でのライヴまで配信するようになっていて、数百本の高品質ライヴ映像を無料で配信しています。日本にはなかなか来ないようなバンドのライヴもここで観られます。

だけどそんなことしてこの会社はどうやって稼いでるんだろう?すみません、その内情はよく知らないんですけど、どうやら Goole TV や hulu などにコンテンツを販売して利益を得ているみたいです。このためよくある映像サイトみたいにうるさい広告に煩わされることがありません。

しかしちょっと前までは時間帯によって映像や音が途切れたりすることがよくあったんですが、最近コンサート映像を moshcam.com のほか YouTube でも提供するようになって負荷が分散されたためか、ネットワークの回線面も改善されてきたようです。

ということで PiL のライヴは moshcam.com と YouTube、どちらでも好きな方を選んで楽しむことができるのですが、若干使い勝手に違いがあります。moshcam.com の方は広告が入らないし、曲と曲の間の切り替わりがスムーズなのでコンサートを通して楽しみたいときにはお勧めです。ただし Flash が使われているため iPad や iPhone では観られません。一方の YouTube は iPad/iPhone も大丈夫で回線に合わせて映像品質を選べるのがメリットなんですが、曲毎にぶつぶつ途切れることと広告がうるさいのが欠点です。

私はまだ試していないんですが、iPad/iPhone には専用のアプリが用意されているので、そっちを使った方が快適かもしれません。

PiL のコンサート内容については観ていただければわかります。あえて説明はいたしません。お楽しみください。ジョニー・アンド・ザ・ボーイズ、渾身のライヴです。ジョニーの「パンクってのは愛のことだ! (Punk is Love!)」という言葉で幕を開けます。

2013/05/04

我々には変化がふさわしい (Change Becomes Us - Wire)

Change Becomes Us - Wire

あるとき絶大なる人気を誇り大勢の人々の支持を得たバンドや音楽作品が、その作者やファンと共に年を取り、次の世代に引き継がれずにやがて忘れ去られてしまう。そんな例は洋の東西を問わずいくらでもあます。挙げていくときりがありません。むしろそれがごく普通のあり方です。

ファンの立場で言えば、コンサートに行って自分の好きなあの曲を聴きたいというのはごく自然な欲求です。大好きなあの曲を演奏してくれて、それでまわりのみんなと一緒に盛り上がる。とても幸せです。でもそんなことを何度か繰り返しているとある日、ふと気付きます。大好きなアーティストのあの曲、サビの部分で声に伸びがなくなってる。ああ、年を取ったんだ。自分も肌に張りがなくなって贅肉も付いちゃったしな。まわりを見回すと、コンサート会場にいるのは自分と同じような年代の人ばかりになっています。

こんなんじゃいけない。素晴しい音楽が年月に埋もれてしまうと感じ、次のコンサートには息子や娘を誘ってみます。だけど返事は案の定「そんな年寄りの音楽、興味ない」です。振り返ってみると、自分だって若い頃は親やその年齢の人が「これはいい! これを聴け、これを読め」って言ったものを素直に受け入れたことなんてないしな、無理ないなって思います。

一方、アーティストの方はもうちょっと早く問題に気付きます。苦労してやっと多くの人たちに曲を聴いてもらえるようになった。ヒットしたあの曲では会場みんなの大合唱が起こるようになった。でもあの曲がヒットしたのはもう3年前。今ではお決まりの曲にお決まりの反応。おかげで何だかバンドのイメージが固まっちゃって、ファンはいつも同じ顔ぶれ、新しいファンが入ってくる余地がなくなってるような気がする。

ということでハードなサウンドのバンドが突然ロカビリーに走ったり、清楚なイメージで売っていた女性シンガーが突然どぎついメークでステージに登場したりするのですが、多くの場合うまくいかず、そのまま芸能界から消えてしまうことも少なくありません。

そんなめんどくさいこと考えないで、ファンは自分の好きなように楽しめばいいし、アーティストは観客の望むものを提供するのが仕事でしょ、という説にも一理あります。そして多くの人は実際にそうしています。でもそんなんじゃ嫌だ、という人たちも当然出てきます。

ワイアー(Wire)は1977年にレコード・デビューして、35年以上を経った今も精力的に活動し続けているバンドですが、ワイアーのアルバムはどれひとつとして、同じスタイル、同じ音の感触のものはありません。つまりあるアルバムで成功したやり方はそのアルバム限りであっさりと捨ててしまい、二度と使おうとしません。次のアルバムはまったく違うアプローチで取り組みます。ライヴも同様で、ツアー毎にセットリストはがらりと変わり、その大半は新曲です。

商売という側面からバンド活動を考えると、これほど間違ったやり方はありません。新作のプロモーションをして、CD を売って、ツアーをして、やっと人々に受け入れられてきて、次のアルバムはもっと売れる、次のツアーではもっとたくさんの人が集まるというときになると、バンドはまったく別のものに姿を変えているのです。投資をして、商品を宣伝して、みんなが買おうという気になったらもう商品がないなんて商売とは言えません。

しかし驚くべきことに、同時代のイギリスで登場したバンドの大半が解散、活動を停止している中、ほぼオリジナルメンバーのまま、コンスタントに活動し続け、今最もアクティヴなバンドがワイアーです。常に変わり続けるというやり方は一貫して変わっていません。その中心人物、コリン・ニューマン(Colin Newman)は新作「Change Becomes Us」について次のように語っています。

ワイアーの奇妙な歴史における重要事項として、1980年に解散した当時、それはアルバムをもう一枚作れるほどの数だったんだが、レコーディングはおろかデモ録音さえしていない作品がそのままになっていたという事実がある。もっとも当時のぼくらはそれをアルバムにしようなんて気はなかったんだけどね。それがずっとぼくらの中で引っかかっていたんだ。

2000年に活動を再開したとき、それを形にしてみてはという提案を受けたことがある。そのときも検討には値しないアイディアに思えた。だが(1980年頃に作られ)元は「Ally in Exile」というタイトルだった曲だけは作り直して「I Don't Understand」になった。この曲は数年後(女性下着ブランドの)ヴィクトリア・シークレットの宣伝にも使われた。

だから完全に無視していたというわけではないんだ。ひょっとしたらこの作品を使って「ワイアーはけっして過去を振り返らない」スタイルのものが作れるかもしれない。そう思いついた。なにせこれらの作品はアルバムとしてレコーディングされたこともないし、当然リリースもされたことがない。ほとんどの人はそれが一体どういう作品なのか知らないんだから。

2011年、イギリスのエージェントから二度目のツアーのオファーを受けた。これまでになかったことだよ。1年に二度もイギリスでツアーをやるなんて1978年以来だったからさ。ぼくらはいつもたくさんの新曲をステージで演ってる。だけどそのときは(前のツアーを終えたばかりで)「Red Barked Trees」に続く新しい作品がまだ用意できてなかったんだ。

そこで思い出したのが(1979年から1980年にかけて作られた)作品さ。その中から7、8曲をセットリストに入れて演奏した。オーディエンスの9割はそれが昔作られた作品だなんて気付いてなかった。「今まで観た中で今回のバンドが最高だ!」って感じの反応だった。これほど面白いことはないよ。

ぼくらはこれをレコーディングしておかしなものができるわけがないと確信した。それでウェールズのモンマスにある、数々の名作が作られたロックフィールド・スタジオを予約した。そこで1週間かけてレコーディングして、その後6ヶ月かけて仕上げたんだ。

For Wire and Colin Newman, Change is Good

つまりワイアーの「Change Becomes Us」は1980年には存在し得なかった4枚目のアルバムが、2013年の今、突如姿を現わしたものとも言えます。もちろんその音はまるで1980年のものには聴こえません。しかし本人たちがやり残してずっと引っかかっていたこと、35年経ってもまだやる価値のあることを実現したものです。

アルバムのオープニングを飾るのは「Doubles & Treble」で、元は「Ally in Exile」と呼ばれていた曲です。つまり上記インタビューにある通り、アルバム「Send」に収録された「I Don't Understand」とは双子の関係にある曲です。今のワイアーが「Send」の時代とはまるで違うバンドだということが、これを聴けばよく分かるはずです。そして次のアルバムではまた別のワイアーが姿を現わすに違いありません。

決まった形にとどまらず、変化し続けるワイアーは今なおそのファンを増やし続けていて、今年は北米で今までにない長いツアーを行う予定だそうです。

亡命中の同胞のひとりが
緊急指令を受けた
既に彼はトラブルの渦中にあり
気の休まる暇などなかった
暗号に気付くと
即座に解読した
メッセージに書かれていたのは
国とその地域、そして道路

恐れていた通り
彼の正体はバレていたのだ
ネットワークの規模が
膨れ上がり過ぎたのだ
組織の肥大化が
ありがたくない事態を招いた
今後一切の連絡を断つため
最後の言葉を送信した

レジスタンス活動は
効果が上がらず停滞
彼は連中の到着に備える
殺戮のときを待つ

レジスタンス活動の効果はなく
彼は殺戮のときを待つ
彼は到着に備える
彼はじっと待つ

レジスタンス活動は無駄
彼は殺戮に備える

彼は劇場の中で泣き崩れたが
照明には曝されたくなかった
ことさら
戦略的洞察力を煽るような光には

だが幸運にも
彼は蓄えを用意していた
2重に、そして3重に
ドアに鍵をかけた

2013/04/20

常識的に考えれば PiL の曲を聴いて「楽しい」という人はどうかしてます (Public Image Ltd 2013-4-5 東京 SHIBUYA-AX)

この4月5日東京 SHIBUYA-AX で PiL のライヴを観てきました。最新アルバム「This is PiL」のリリース後、初めての日本でのライブです。感想ですか?ええと、細かいことはよくおぼえてないけど、すっごく楽しかったです。

わかってるよ、何だよそれ、その保育園児が遠足行ってきたみたいな感想は、って言いたいんだろ。仕方ないじゃない、本当なんだから。でもさ、保育園で初めて遠足行ったときくらい楽しかったこと、最近あったか?楽しさを甘く見てもらっちゃ困るな、大切なことなんだぜ。

2011年の PiL 復活ライヴの評判は「かっこいい!」「チャーミング!」「すごい声!」でした。今回の来日ではさらに「すっごく楽しい!」が加わったのです。30年以上ずっとメタルボックス聴き続けてるおっさんも、たまたま招待券もらって PiL って何なのかよく知らないのにライヴに来ちゃった女の子も一緒になって「楽しい!」って踊ってました。

常識的に考えれば PiL の曲を聴いて「楽しい」という人はどうかしてます。神の名のもとに行われる殺戮を歌った Four Enclosed Walls、首にまとわりつき振り払えない悪夢を歌った Albatross、くだらない記憶ばかり頭にため込んで年老いていく男の歌 Memories、危篤の母親が苦しみ死を迎える様を歌った Death Disco、お互いの無理解による別離を歌った Flowers of Romance に、アパルトヘイト下での拷問や抵抗を歌った Rise 等々、どれも普通の楽しさとは正反対の歌ばかりです。

でも楽しいんです。信じられませんが、信じられないほど楽しいんです。別に日本人の観客が英語の意味がわからないからじゃないよ。英語圏の観客だっておんなじ反応をしています。理由は簡単です。エネルギーです。悲惨だったり深刻だったりする歌詞の内容とは裏腹にジョン・ライドンの声、PiL のサウンドにそれらをものともしないエネルギーを感じるからです。そして、自分の中からも同じエネルギーがわき起こってくるのが感じられるからです。だからみんな Death Disco でジョン・ライドンが泣き叫ぶように歌う中、涙を流しながら楽しそうに踊るんです。うん、端からはすごく変に見えても仕方ないと思う。

今回の PiL 来日コンサート、行きたくてもどうしても都合がつかず行けなかった。あるいは知らずに見逃してしまったという人も多いことでしょう。そんな人に朗報です。日本でのコンサートの直後に行われたシドニー公演の模様が Moshcam で公開されることになっています。公開の時期はたぶんゴールデンウィーク明けぐらいだと思います。楽しみに待っていてください。そして、来年か再来年、次回の PiL 来日は決して見逃さないように。一緒に「俺たちはここにいるぞ! (Here We are !)」って叫びましょう。

(2013/05/11 追記)
Moshcam で PiL のコンサート・ヴィデオが公開されました

2013/04/08

PiL (Public Image Ltd) JAPAN TOUR 2013 4/6(土)東京 SHIBUYA-AX