2013/12/06

マニホールド氏の決断 (The Book - Magazine)

Where now? Staffordshire (Manifold Trail)
Where now? Staffordshire (Manifold Trail), a photo by Eamon Curry on Flickr.

男は地獄の扉の前に立っていた。彼をマニホールド氏と呼ぶことにしよう。マニホールド氏は地獄の扉の前に立っていた。それはなぜか、巧妙に頑固さを通した彼の一生の終着点にふさわしく思えた。彼は常々言っていた。「夢から覚めることなんて望まない。」「自分の頬をつねって目覚めるなんて、現実に戻る気なんてない。」実際、そんな考えが浮かぶたびによく笑っていたのだ。顔にこそ出さなかったが、自分が地獄の扉の前にいることを知って彼は驚いていた。

親切そうな老人がひとりいた(ひょっとしたら彼の父親に似ていたかもしれない)。どうやら門番らしい。老人は座って本を読んでいたのだが、素早く立ち上がると、形式張った挨拶などする間もなくこう言った。「少しの間この本を持っていてくださらんか。わしは扉を開けねばならんのでの。」(そう、ご存じの通り扉を開けるには二つの手が必要だ)その老人は何か訳があって、本を椅子に置かなかったのだ。

あっという間のできごとだった。だがマニホールド氏は自分がある決断を下してしまったことに気付いた。老人から本を受け取ってしまったのだ。ほとんど他人ごとのように。いささか奇妙にも思えた。些細なことだと思おうとしたが、それが自分の地獄行きを後押ししてしまったように感じた。彼にとって最も安易な道を選んでしまったように思えた。結局は本をしっかりつかんだままだったが、当然彼は突然ひらめいた。「きっとこれは猶予をもらうチャンスなんだ。最終テストなんだ。良い行いをすべて悪いものにしてしまう最後のどんでん返しなんだ。」

次に彼が気付いたのは、以前老人とその本について議論を交わし、本を老人に返したことがある、ということだった。彼は地獄へ通されたのだ。

2013/11/23

俺は分泌物なんかじゃない (セックス・ピストルズ - Bodies)

A photo by sparkleplen_t on Flickr.

ちょっと遅くなってしまいましたけど、ジョン・ライドンの BMI Icon 受賞を祝して、セックス・ピストルズ時代の曲についてひとつ書きます。

セックス・ピストルズ(Sex Pistols)のコンサートで一番の大合唱になる曲はどれでしょう?God Save The Queen?Anarchy in the UK?それともPrettyVacant?うん、どれも一緒に歌う人はたくさんいるけどね、違います。曲が始まるやいなや会場を揺るがす怒涛のような大合唱が起きる曲は Bodies です。

どれほどの大合唱なのかというと、観客が歌ってるバージョンがピストルズの公式ライヴ・レコーディングになるほどです。日本ではライヴ・アルバム「FilthyLucre Live」に Buddies(相棒ども)というタイトルで収録されており、イギリスの場合はシングルのB面としてリリースされています。

Bodies は生きてる人間の体じゃなくて死体という意味です。何の死体かというと胎児の死体です。そして曲のテーマとして取り上げられているのは中絶、堕胎、abortionです。この曲を書いた当時のジョニー・ロットン(Johnny Rotten)はまだハタチかそこらでした。

ハタチかそこらの若いあんちゃんが堕胎をテーマに歌をつくった?しかもそれが何十年も歌い継がれるようなアンセムになった?そんなどう考えてもあり得ないようなことを現実のものにしたのがセックス・ピストルズであり、ジョニー・ロットンという人です。

一方この曲の歌詞をただ単に人口中絶をした尻軽女を(さげす)んでいるだけのものと受け取っている人も多いようですがそうではありません。ジョニー自身はこの曲について次のように言ってます。

俺はまだ幼いうちから現実というものを受け入れるしかない環境にいたんだ。俺が住んでいたのは便所が外にある二部屋しかない家だった。その家で母親が流産したんだ。もちろん母親を責めるつもりはないが、生まれていれば俺の弟か妹になって一緒に遊んだかもしれないものを、俺は片付けてトイレに流さなくちゃならなかったんだ。それがどんなにショックなことかわかるだろ。

俺は中絶反対派でも賛成派でもない。だが女性は自分で生むか生まないかを選択できるようにすべきだ。でも当時の生活はテレビドラマの"Steptoe & Son"をさらに醜悪にしたような世界だった。それでもあんたがあの曲を中絶反対の歌だと思うんなら、あんたは哀れなオマン...じゃなくてソーセージ野郎だ。

The Q Interview - I want to take the Sex Pistols to Iraq!

観客のひとりひとりが歌詞の内容を深く考え、感銘を受けて歌っているなんてことはあり得ません。そのサウンドと声と、言葉の断片からある種の悲しさとか怒りが自分の中にも湧き起こってきて、歌わずにいられないんです。

中絶したことがある人も、したことない人も、絶対しない人も、これからするかも知れない人も、恋人に中絶を求めたことがある人も、妻が黙って中絶したのに全然気付かなかった人も、よくわからない人もみんな一緒になって腹の底から歌います。Bodies です。聴いてください。

バーミンガム生まれの彼女は
赤ん坊を堕ろしたばかりで
精神病だった
彼女の名前はポーリン
森林破壊阻止を訴えて木の上に住んでいた

自分の赤ん坊を殺したどこにでもいる女
彼女は田舎から何通も手紙を送りつけてきた
だけどあいつは動物だった
最低の恥さらしだった

死体 - 俺は動物じゃないのに
死体 - 俺はケダモノなんかじゃないのに

工場の作業台の上で掻き出される
違法な堕胎が行われる場所
便所に置き去りにされた小さな包みの中で
小さな赤ん坊が叫びを上げながら死んでいく

死体が叫ぶ - こんなひどい扱いってあるかよ
俺はケダモノじゃないのに
これが中絶というやつなんだ

死体 - 俺はケダモノじゃないのに
ママ - 俺は出来損ないなんかじゃないのに

ピクピクと体を痙攣させ
喉をゴボゴボ鳴らして呪いの言葉を吐く
俺は分泌物なんかじゃない
排泄された蛋白質じゃない
ピクピクの痙攣なんかじゃない

あれもこれも糞くらえ
糞くらえなガキは糞を食え
彼女はあんな子ども欲しくないんだ
俺はあんな子ども欲しくないんだ

死体 - 俺はケダモノじゃない
死体 - ワタシは出来損ないなんかじゃない
死体 - ボクはケダモノじゃない
死体 - 俺は出来損ないじゃないのに

ママ...

2013/10/17

ジョン・ライドンが BMI London Award 2013 の BMI Icon 受賞

「俺はアイコンなんかじゃない、ジョニーキャン、アイキャンだ」

10月15日、ロンドンで2013年 BMI London Awards の授賞式が開催され、我らがジョン・ライドンが BMI Icon 賞を受賞しました

「BMI、何それ?デブの人のベストドレッサー賞?」と思う人がいても無理はないんですが、違うの。BMI ってのは Broadcast Music, Inc. の略で、音楽が放送やコンサートでの使われたときの著作権使用料を徴収するアメリカ本拠の非営利団体です。日本でいえば JASRAC みたいなもんです。

で、BMI Icon 賞ってのは「ある世代の他の音楽家たちに多大な影響を与えた類い稀(たぐいまれ)なソングライターに与えられる」もので、これまでにレイ・デイヴィスやヴァン・モリソン、ブライアン・フェリーなど錚々(そうそう)たる面々が受賞しています。ジョン・ライドンはそのような「ソングライター」のひとりとして選ばれたわけです。

以前 Rock and Roll Hall of Fame にセックス・ピストルズが選ばれたときは「俺たちがロックの殿堂入りを喜んで、2万5千ドルも払ってディナー・パーティに出席すると思ってんのか、バーカ」と言って授賞式に出なかったんですが、今回はたいへん喜んでいて UK ツアーの最中にも関わらず PiL のメンバーや妻のノラと一緒に出席しました。

審査員たちはほかの無難なやつを選んどけばいいものを、あえて俺の業績に注目してくれたんだぜ。俺からすれば、それがすごく大切なことなんだ。

俺は賞なら何でももらうってタイプの人間じゃない。この賞をもらうことにしたのは、それが俺にとってものすごく意味のあるものだったからさ。

あいつら(BMI)は俺たちに金が入るように日夜戦ってくれてるんだぜ。胸がアツくなるよ。

John Lydon honoured at BMI Awards

著作権といえば、普通バンドとして活動している場合でも著作権者としてクレジットするのは直接作詞や作曲に関わったメンバーの名前だけです。これがメンバー間の収入の差となって、後々関係がギクシャクするというのはよくあることです。

セックス・ピストルズやジョン・ライドンがそれまでの常識を破って始めたことは山ほどあるんですが「レコーディングに関わったメンバー全員の名前をソングライターとしてクレジットする」というのもそのひとつです。ピストルズがレコードを出した当時そんな例はほとんどなかったもんだから、みんなレコードを見て「あれ?曲のクレジットにメンバー全員の名前が書かれてる!」って驚いたものです。

後続のパンク・バンドもこぞってこれを真似したんですが、その意味を理解したのはずっと後になってからのはずです。今ではジャンルを問わず、色んなバンドが曲のクレジットにメンバー全員の名前を載せるようになりました。こんなところでも、後のバンドに大きな影響を与えてるんですよ、ジョン・ライドンという人は。

BMI のサイトでは著作権者のクレジットが検索できるようになっていて、たとえばシド・ヴィシャスがベースを弾いている「Bodies」という曲にはちゃんと本名の John Simon Beverleyでソングライターとしてクレジットされていることが分かります。今でもこの曲がラジオなどで流れる度に彼(の遺族)にお金が入るわけです。

ところで BMI 授賞式のニュース、NME を始めイギリスの商業音楽サイトにはなぜかほとんど取り上げられていません。同じイギリスでも先のインタビューを掲載した Evening Telegraph など一般のニュースサイトでは報じられているのに、商業音楽ニュースサイトはほぼ無視です。

理由はよくわかりませんが、どうやら BMI がアメリカ本拠の団体なのでイギリス音楽ギョーカイ的には取り上げたくないみたいですね。アメリカの著作権管理団体なのにロンドンにも拠点を置いて BMI London Award みたいに派手なイベントをやってるわけです。音楽著作権流通のグローバル化を見据えてイギリスでもアピールしたい BMI、「ここは俺の縄張りだぞ、入ってくんな!」というイギリス側、という構図なんじゃないかな。知りませんけど。

一方のアメリカ側は Rolling Stone が BMI Icon 賞、授賞式直前インタビューを掲載しています。

2013/09/20

俺のことなど世界中誰ひとり憶えていない (サーチ・アンド・デストロイ - イギー・アンド・ザ・ストゥージズ)

Iggy Pop, a photo by Elisa Moro on Flickr.

1960年頃から1975年にかけて、南北に分裂したベトナム間で起った長期かつ大規模な武力衝突がベトナム戦争です。北ベトナムをソビエト連邦を中心とする共産主義国が、もう一方の南ベトナムはアメリカを中心とする資本主義国が支援したため、共産主義対資本主義の代理戦争とも呼ばれていました。この戦争でアメリカは南ベトナムを物資面で支援するだけでなく、自国の兵士を大量にベトナムに派遣、参戦しました。

北ベトナムのゲリラ軍は森林に潜んでいました。つまり船や戦車で彼らを攻撃することはできません。そこで用いられたのがヘリコプターを使って先ず偵察隊を森林地帯に送り込んで敵を見つけ出し、地上から攻撃すると同時に飛行機からナパーム弾などを投下して焼き払うという戦法です。これがサーチ・アンド・デストロイ (Search and Destroy)作戦です。ちなみにこの当時、ヘリコプターというのは最新の軍事テクノロジーでした。

しかしこの作戦は失敗に終わりました。北ベトナムのゲリラ軍は地の利に長けており、森林に潜むゲリラ兵士は民間人と見分けがつかなかったからです。結果的に北ベトナムの民間人だけでなく、アメリカ軍にも大量の犠牲者を生み出す結果となりました。このあたりの様子は後に「地獄の黙示録」などの映画にも描写されています。

イギー・アンド・ザ・ストゥージズ(Iggy and The Stooges)が「サーチ・アンド・デストロイ」を含むアルバム「ロー・パワー (Raw Power)」をレコーディングしたのは1972年、イギー・ポップ(Iggy Pop)が25歳のときです。当時のアメリカは徴兵制を実施していましたから、彼もまたいつベトナムへ送り込まれるか分からない若者のひとりでした。結果的にイギーがベトナムへ行くことはありませんでしたが、彼と同世代の若者が大勢ベトナムへ行き、それっきり帰って来られなかった者は数万人に及びました。

ベトナム戦争は歴史上、若者を中心に世界的な反戦運動を引き起した初めての戦争でもありました。ジョン・レノンを始め、ポップ・スターたちが直接的な反戦メッセージを口にしたり、歌うようになったのもこの頃からです。

一方、イギー・アンド・ザ・ストゥージズのアプローチはこうした「愛と平和」タイプのものとはまったく異なるものでした。友人たちがベトナムのジャングルの中をさまよっているとき、ジェイムス・ウィリアムスンはまるでヘリコプターからの機銃掃射のようなサウンドをギターで鳴らし、イギーはステージの上で男性ストリッパーさながら裸で身をくねらせ「俺を撃ち抜いてくれ!」と叫んでいました。

1973年1月に和平協定が成立しアメリカ軍はベトナムから撤退、同時に徴兵制も廃止されました。アルバム「ロー・パワー」がリリースされたのはその翌月のことです。当時このレコードはまるで売れず、間もなくストゥージズも解散してしまいました。当時の世の中にはストゥージスを受け入れられる人がまだ少かったんです。

ジェイムス・ウィリアムスンがギタリストとして復帰、イギー・アンド・ザ・ストゥージズが復活したのはそれから36年も後の2009年のことでした。そしてイギーは今もこの歌を歌う度、ひとりジャングルをさまよっています。

俺は胸にナパーム弾を詰め込んで街をうろつくチーター
原子爆弾から生まれた家出息子
俺のことなど世界中誰ひとり憶えていない
サーチ・アンド・デストロイ作戦の遂行者

お願いだから俺を助けてくれ
誰か俺の魂を救ってくれ
俺を爆破してくれ

気を付けたほうがいい、俺は最新のテクノロジーを駆使してる
言い訳してるヒマなんかない
真夜中に魂が発する放射能
銃撃戦の最中(さなか)の愛

お願いだから俺を不意打ちしてくれ
誰か俺の魂を救ってくれ
俺の心を射ち抜いてくれ

俺のことなど世界中誰ひとり憶えていない
サーチ・アンド・デストロイ作戦の遂行者
俺は世界中から見捨てられた男
ひとりサーチ・アンド・デストロイ作戦を遂行してる

2013/07/04

もしわたしが気を失ったらきっと誰かがマウスツーマウスで人工呼吸してくれるわよね (Haim Live at Glastonbury)

HAIM - Falling at Glastonbury 2013

先週末開催されたイギリス最大の音楽フェスティバル、グラストンベリー・フェスティバルのステージにハイム(Haim)が登場しましました。しかもいきなりメインのピラミッド・ステージです。さらに別の日にパーク・ステージでもプレイするというまさかの2ステージ、まだアルバムも出していないアメリカの新人バンドがこのような待遇で招かれるのはおそらく今までになかったことだと思います。

ところが初日、金曜のピラミッド・ステージでとんでもないアクシデントが発生しました。ベーシストのエスティ(Este)姉ちゃんが危うく死にそうになったというのです。

もう少しで死ぬところだったのよ。実はわたし糖尿病なんだけど、とってもお利口さんな糖尿病患者なもんだからステージの前に食事を取らなかったのね。そしたらステージが始まって時間の真ん中くらいのところで腕の感覚がなくなってきたの。「ヤバい、これ普通に演奏できるような状態じゃない」って思った。

最後の方はもう目の焦点も定まらなくて、ステージを降りなくちゃならなかったの。だって2万5千人の観客の目の前で死ぬわけにいかないでしょ。

Haim At Glastonbury - Este Almost Fucking Died

糖尿病というと「太った中年のおっさんがかかる生活習慣病」というイメージを持ってる人が多いかもしれませんが、若くしてかかるこの病気は自己免疫疾患のひとつです。ハードスケジュールがたたったのでしょう。どうやらエスティ姉ちゃん、ステージ上で糖尿病性ケトアシドーシス症状に陥ってしまったようです。

ステージ後半は耐えられなくなって椅子に座り、朦朧とした状態で演奏を続けたんですが、そんな状態で観客に向けてこんなことを言ってたそうです。

ここにはすてきな人たちがたくさん来てるから、もしわたしが気を失ったらきっと誰かがマウスツーマウスで人工呼吸してくれるわよね。

HAIM’s Este Haim Taken Ill During Glastonbury Set

病気で苦しい、つらいというときはまわりの元気な人がひどく憎らしく見えるものです。ましてフェスで大騒ぎしている観客ならなおさらです。だけど「ヤバい、これマジ死ぬかも」というときにこんなセリフの言えるエスティ姉ちゃん、やはり只者ではありません。みんなも見習いましょう。

エスティの体調がと心配になった人も多いと思いますが大丈夫です。前述のインタビュー・ビデオでは元気にジョークを飛ばしてるし、翌日のパーク・ステージのビデオはこちら。ほら、いつものエスティ姉ちゃんでしょ。

2013/06/07

「死ぬ覚悟はできている」そう言ってじじいたちは立ち上がった (Ready to Die - Iggy and The Stooges)

Iggy and The Stooges - Ready to Die

唐突ですがここでひとつ、世界中の若い人たちが気付いていない重大な事実をお知らせします。人はみな誰でも年を取ります。肉体がだんだん衰えて、やがて死に至ります。

そんなの嘘だ、俺に限って年を取ることなんて絶対ない。そう思ってる人も多いことでしょう。今のあなたには信じられないことでしょうが、まぎれもない事実です。

年を取って肉体が衰えてくると、以前はよく見えてはずのものがだんだんよく見えなくなってきます。ちゃんと聞こえていた音が聞こえなくなってきます。何か言おうとすると咄嗟に言葉が出てこなくなったり、身体のあちこちがひっきりなしに痛むようになってきます。新しい言葉や名前がなかなか憶えられなくなってきます。以前は歩いて行くのが当り前だった所が、遠くて辿り着くことが困難な場所に思えてきます。いつでも来ようと思えば来られた場所が、ああここに来るのももう最後なのかなと思えてきます。

健康に気を付けて身体を鍛えていれば衰えも緩やかになる?うん、そうかもしれません。だけど若い時代の「身体を鍛える」という行為は「今日の自分より明日の自分のレベルを上げる」ためのものです。一方年を取ってからのそれは「今日の自分のレベルを明日も何とか維持する」ためのものです。それもやがて「今日より明日の自分のレベルが下がってしまうのは仕方ないけど、その下がり方をなるべく少なくする」ための鍛錬になってきます。それに無理をして怪我などをするとなかなか直りません。若いうちは骨折したってすぐに直って、怪我をしたことすらすぐに忘れてしまいますが、年を取ってからの骨折は完全に回復することなく、いつまでも痛みを抱え続けることになります。

以前は何ということのなかったこと、当り前にできていたことが自分ひとりではできなくなる。年を取るというのはそういうことです。

30年近くもの長い間、ソロ・シンガーとして活躍してきたイギー・ポップ(Iggy Pop)が大昔に解散したバンド、ストゥージス(The Stooges)を再結成したのは2003年、イギーが56歳の頃です。もちろん本人はそんなこと言ってませんが、おそらくは自分ひとりの力に限界を感じ、頼れる仲間を求めてのことだったのだと思います。

そしてそのストゥージズ再結成からさらに10年が経ちました。イギーは今年66歳です。この10年の間にストゥージズのギタリスト、ロン・アシュトン(Ron Asheton)が亡くなりました。ドラマーのスコット・アシュトン(Scott Asheton)も2011年に倒れ、現在もツアーには復帰できていません。同じ頃イギー自身も左足を骨折しツアーをキャンセル、その後今も足を引き摺りながらステージに立っています。

そんな中でこの4月末、ニューアルバム「Ready to Die」がリリースされました。イギーのアルバムと考えれば前作「Après」からわずか11ヶ月ぶりですが、ザ・ストゥージズのアルバムとして考えれば「The Weirdness」から5年ぶりです。ジェイムス・ウィリアムスン(James Williamson)がギターを担当するイギー・アンド・ザ・ストゥージズのアルバムとして考えれば「Raw Power」以来、実に40年ぶりのリリースとなります。

イギーを始め、現在のストゥージズの面々、どこからどうみても肉体の衰えが明白なじじいたちです。そこまでしてなぜステージに立ち続けるんでしょう?

それはきっと世界を救うためだと思います。

落ち込んでいく気持ちを抑えられない
陰鬱な自分が嫌でたまらない
俺は死を覚悟で
高望みしてやる

しょぼくれた街が俺を落ち込ませる
しかめ面で過ごすのは快適だぜ
俺は死を覚悟で
高望みしてやる

この薄っぺらな皮膚の下には怒りが詰まってる
俺がこの世界に厳然たる判決を下してやる
俺は死を覚悟で
高望みしてやる

ライヴ映像が観たいという人は以下をどうぞ。

NPR Misic: Iggy & The Stooges, Recorded Live At (Le) Poission Rouge
2013年4月28日、アルバム「Ready to Die」からの曲を多数披露した発売直前特別ライヴ。
Moshcam: Iggy & The Stooges Live in Sydney
シドニーでのライヴ。2013年4月2日におこなわれたコンサートのフル映像。アルバム発売までまだ約1ヶ月あったためか、新曲は「Burn」1曲のみ。ただし Kill City や Johanna などジェイムス・ウィリアムスンとの共作曲を多数演ってます。

2013/05/25

どうしてそんなものが今聴こえてるんでしょう? (The Number One Song in Heaven - Sparks)

Two Hands One Mouth: エクトプラズム吐いてます

この3月に発売されたスパークス(Sparks)のニューアルバム「Two Hands One Mouth」は彼らの約40年に及ぶキャリア、通算23枚目にして初めてのライヴ・アルバムです。2012年の秋から始まったアルバムと同名のツアーでのパフォーマンスをライヴ録音、約1時間半、全21曲が収録されています。

電子楽器を使ったダンス音楽のオリジネーターとして知られているスパークスですが、今回のツアーはロンとラッセルのメイル兄弟だけで、バンドはいません。ロンの二本の手によるキーボード演奏、そしてラッセルの口から出てくる歌声、それだけです。だから Two Hands One Mouth なんです。

「ああ、アコースティック編成のいわゆるアンプラグドねー」と思う人が多いでしょうが、そう言うとスパークスの二人は「そんなんじゃないっ!」って怒ります。一見温和に見えますが、そういう頑固なところのある二人です。そうじゃないと40年もずっとやってこられません。

ロン・メイル: (Two Hands One Mouth ツアーを実現するに当たって)最も大変だったのは、もちろんバンドを使わずにキーボードだけで曲を演奏しなくてはならないということだよ。だからといって、いわゆるシンガーソングライターのステージみたいにはしたくなかった。穏やかな調子で「次はぼくが1987年に書いた曲です。聴いてください」なんてのは真っ平だからね。我々は攻撃的な調子を保ったままでこれを実現したかったんだ。キーボードと歌だけでうまくいく曲を選び、キーボードでの演奏内容を見つけ出していった。(バンドなしの状況では)いつもと同じキーボード・パートを弾くわけにはいかないからね。新たなものが必要だったんだ。

ラッセル・メイル: 「つまりアコースティックなツアーをやるってことですね」って受け止める人もいたよ。ぼくらは別にアコースティックを軽蔑してるわけじゃないよ。アコースティックって言葉につきまとってるイメージが嫌なんだ。シンガーソングライターが訥々と語り、自らの魂を露わにしていく... みたいな。ぼくらはスパークスの強靭さ、突進力とかパーソナリティを保ったまま、それを二人だけで実現する方法を見つけたかったんだ。

ロン: 往々にして我々は曲よりもスタイル重視のバンドと思われがちだからね。我々の曲は伝統的な楽曲とは違うけど間違いなく音楽なんだって、今回のやり方はそれを知ってもらういい機会になるかもしれない、そう思ったんだ。

ラッセル: 歌詞はオリジナルから変えてはいないんだけど、声とキーボードしかないせいで、違って聴こえるかもしれない。スタジオのレコーディングでは歌詞がバックの音に埋もれてしまうことがしばしばあって、歌詞の意味がわかりにくくなってしまうんだ。だけど今回のツアーでは歌詞が目立って聴き取りやすくなってるはずだよ。

INTERVIEW: Sparks

ということですので、スパークスの強靭さ、突進力を感じ取るため、このアルバムは大音量で聴くことをお勧めします。

さて、次に紹介するのはこの Two Hands One Mouth ツアーの映像です。1979年、天国でナンバーワン・ヒットとなった曲です。きみにはこのステージに立つ二人の変なおじさんたちの背中に羽があるのが見えるかな?

これは天国のナンバーワン・ソングです
万能なる御手(みて)によりつくられた曲です
天使たちはみな主の囲いの中にいる羊です
彼らは主とそのおぼしめしにしたがうのです

これは天国のナンバーワン・ソングです
どうしてそんなものが今聴こえてるんでしょう?
それはたぶん
きみは自分が思ってるよりずっと
ここに近づいているせいじゃないかな
きみが望んでいるよりずっと
ここに近いところにいるせいじゃないかな